phoebe's psychedelia -111ページ目

当たるも八卦、当たらぬも八卦。

占いを追求していると、どんどん人生の意味が見えてくる。
どうして自分はこの世に生まれたのか、自分は何をしに
生まれて、何故こういう人生を歩んでいるのか、どんどん
紐解かれてくる。

あたしの中では、占いは既に宗教や哲学の域に到達しつつある。

そんなことを考えながら、宗教と占いの違いって何だろう?
と、またいつもの疑問にぶち当たった。

そうしたら、"当たるも八卦、当たらぬも八卦"という言葉の持つ、
粋で健全な大人の自由さに気づいた。

当たるも八卦、当たらぬも八卦。 一般的にこれって、占いなんか
所詮いい加減なものだから、信じるのも程々にしておきなさい、
っていう、どちらかというと占いに対する否定的な言葉として
使われていると思う。けれど、これこそがあたしの求めている
世界観かも、ってさっき急に思い至った。

宗教の世界から、何故あたしが抜け出すことを決意して、何故
二度と戻ることがないのか。それは一重に、宗教という世界の
不自由さにある。宗教は、宗教というシステムが提示する世界を
丸ごと信じることから、初めて成立する。信者が100%信じないと、
宗教のシステムが崩壊してしまうから。

信仰というものが、社会的、政治的な力と結びついて宗教となる
以前から、きっと占いは発達していたのだと、あたしは想像して
いるのだけれど、占いがそもそも、人の命に関わる運命の左右を
天に聞く、という、ある種の祈りという性格を持つことから、
きっと、宗教というシステムが生まれる前は、占いも天なる
モノへの信仰の意識の表れだったんだと思う。

現在、占いと宗教が、これだけ切り離されてしまった理由は
調べていないけれど、恐らく宗教というシステムを維持するに
あたって、占いという、真理を追究できてしまうツールが
危険視されてしまったのだと思う。

けれど、逆にそれがあたしにとっては幸いした。
つまり、宗教という、人が作り上げた社会的、政治的な組織の中に
組み込まれなくても、宗教という、宗教以外の概念を否定しないと
成り立たない狭い世界に盲目的に入り込まなくても、自分という
存在と向き合えることができるから。

占いは、信じても信じなくてもいい。
つまり、信じるのも信じないのも、その人の自由。
占いには信じること、信じずにいることを、その人の意志で
決められる、健全な自由さがある。

"わたしの占いを信じなさい、信じないと不幸になるよ"、と相手に
強制しだしたら、それは宗教の第一歩。"だって、あの時占い師さんが
こう言ったからわたしはこうしてこうして、それなのに占い師さんの
言う通りにしたらこんなに不幸になってしまったじゃないですか、
わたしの人生をどうしてくれるんですか!!"って思ったら、それは
占いという宗教に自ら魂を売ってしまった証拠。

せっかく宗教から切り離されたんだもん、占いは、そんな不健全な
世界を築いちゃいけないと思う。自分の価値観を持って、自分の足で
生きていく自由さを奪うのは、占いの果たす役目じゃない。少なくとも
あたしは、ご依頼頂いたクライアントさんには、できるだけリピーターさん
にならずに済むよう、一度のセッションで、ご自身が再びご自分の足で
しっかりと歩いていけるよう、ヒントを探すお手伝いをさせて頂いている。

もちろん、ヒントをヒントとして捉えて頂くも、否定して頂くも
その方の意志にお任せしてます。当たるも八卦、当たらぬも八卦、
信じるも、否定するも、その方の自由なご意志で決めて頂けばいい。

逆に占いが当たる、当たらないは、答えが占い師の手から離れた瞬間、
もうその方の手にゆだねられたことになるのだから、占い師にしたって、
当たるも八卦、当たらぬも八卦なんだよね。

若夏という存在無しじゃ生きていけない、なんていう命は、まだまだ
手の掛かる子供達だけで十分、それでなくともあたしは自分が生きている
だけでいっぱいいっぱいだから(笑

当たるも八卦、当たらぬも八卦。自らの意志で信じる自由も否定する自由も
そこにあるから。みんな、自分の足でしっかりと自分の人生を生きていこうね(^ー^

平和の祈り。

20050403paul





< ローマ法王死去 >


物心のついた頃より長きに渡り、カトリックの世界に属してた。

そこから意を決して抜け出してから、意識的に目を向けずに
来たから、この方がどんな偉業を為して来られた方なのか、
全くしらないけれど。

今日見たこの写真は、素敵な写真だなぁ、と心が洗われた。

必死で背を向けた世界だから、ある意味、拒絶にも近い
距離の置き方をしてきた。今でも、宗教の世界に戻る気持ちは
さらさら無い。

ただ、この写真を見て、どんな人だったんだろう?と、
大人になってから初めて法王という人間に興味を持った。
素直に興味を持てるくらい、冷静な距離が置けるようになって
いたんだな、と、ちょっと驚いた。

願わくば、彼の最後の祈りが天に聞き入れられますよう。

水星逆行中だし。遅々として進まず。。。

全ては今在るがままに。
全ての存在が、在るべくして、在ることを。
在るべき姿のまま、在るべき道を歩んでいることを。

どうしてあたしはまだまだ受け入れられないのだろう。
そうと理解して、そうと受け止めてしまえば、
もっともっと自分が楽になるとわかっているのに。

傷ついた心が、怒りを覚え、少しずつ憎しみへと彩りを
変えていく様に、気づいていながら、ただ眺めてる。
手放さなきゃいけない、自分も相手も苦しくなるばかりだから。
そうとわかっていながら、ネガティブな感情にしがみつく自分がいる。

相手が変わってくれることを望んでも仕方ないとわかっていながら、
自分をどう変えていけばいいのか、この事態をどう解釈すればいいのか
まだまだ答えが見つからず。

切ってしまえば楽なご縁なのに、自分の好き勝手で切る訳に行かないのは、
そこに、それだけの意味があるからなのだと、そのことだけに一筋の
望みを託して、どうしようもなく下らない人間へと成り下がっていく自分と
今日も向き合う。

全てを相手のせいにして事が済むなら、小学生にだって解決できる。
けれど、それじゃいつまで経っても、相手に巻き込まれる被害者は
自分になってしまう。相手に原因を押しつけていたら、解決したと
思った問題は、何度でも襲いかかってくる。

そうではなく、何故自分が巻き込まれているのか、巻き込まれて
しまった原因を探さなくては、自分で解決する道なんか見えてくる
筈もなく。

すぐに答えが見つからず、意味が理解できず、天に身をゆだねて
待とうと思うけれど。穏やかな気持ちを取り戻したくなって
焦ってしまう。

ふぅ。

かれこれ半年は引きずってるこの問題。この先何年越しになって
しまうのかな。覚悟はできているけれど、長期戦化しそうな
嫌な予感(苦笑 

ちぇ。こんなことに拘ってるようなちっぽけな人間のまま
終わりたくないのに。

cosmic energy

花粉症で心身共にがガタガタなので、身の回りの
石さん達も浄化させてあげた。yumeに教えてもらった
万能特効薬(笑の"serapis bey"の香りと、インカの
シャーマンが調合した魂浄化の香りで包んであげる。


今日は浜辺で大漁のヒトデをげっちぅ☆なんだか
コズミックな祭壇になっちゃった(^ー^050331_161501.jpg

一ヶ月前に花屋で買って、一度咲き終えた
ポピーが、沢山蕾をつけて、ひと回り大きな
花を咲かせてくれたっ(^-^)

ちょっと遅めのランチをしに、近所のコンビニで
買い物をして、ちび達3人と海に行ってきます♪

花粉症でやられっぱなしの体を休めてこよう…050331_144901.jpg