美しく詩的な表現力、ノンデュアルには珍しくすべてを包み込むような温かさを持つこの本は、
非二元の本質と同時に心からの安らぎを感じさせてくれる良書である。
ありのままの自分で常に受け入れられていることの真実とは?
誰もがイメージしやすい根源的なビジュアルから紡ぎ出される生命の輝きとスケール感!
的を得たクリアな言語表現は群を抜いて素晴らしく、ハッとするような気づきと明晰さをもたらす。
実例はシンプルでわかりやすく、根底にどこまでも深い優しさが感じられる受容と解放の書。
ーーーーーーーー 以下は本書より抜粋 ーーーーーーーーー
[ 受容の海 P70〜71より ]
一日中、様々な思考、感覚、感情、音が湧き上がっては、
あなたという気づきの海の中へと沈んでいく。
気づきの中に現れるものすべてが
体験の波と呼べるだろう。
一つの考えが一つの波。
一つの音が一つの波。
一つの感情が一つの波。
一つの感覚が一つの波。
こういった考えの波、音の波、感情の波、感覚の波すべてが、
気づきという大きく開かれた空間、
本質的にあなたである広大な海の中に
現れては消えて行く。
あなたの人生の体験は
常に今この瞬間に踊る波であり、
すべてはあなたという広大な海で
ただ起こっているだけだ
と認識できるだろうか?
* * *
海であるあなたという存在は、
そういった体験の小さな波がすべて
浮かび上がっては沈んでいく、生まれては消えていくのを
ただ支えているだけだ。
考え、感覚、音、感情が、
あなたの中に現れては消えていく。
あなたはあなたの持つ考えではなく、感情でもなく、
あなた自身に対する観念や判断でもなく、
あなたの成功やストーリーでもなく、
生まれては消えていくどんな感覚や音でもない。
それでいて、あなたという存在は、
あらゆる考え、感覚、音、感情が
表れては消えることが許されている大きく開かれた空間であり、
そういった考え、感覚、音、感情から
どうやっても切り離すことはできない。
あなたはあなたの考えではないのだが、
同時に、あらゆる考えがあなたとの親密さの中に
生まれては消えていくことを許されている。
* * *
さて、本当のあなたという存在の視点、海の視点からすると、
目に見える波の形はそれぞれ違っていても、本質的にはすべて同じである。
すべて水なのだ。
だから、この例えからすると、
海はすべての波は自分の一部にすぎないことを知っている
と言えるだろう。
* * *
海はどんな波もそれ自身の本質を脅かすものになりえない
とわかっているため、
もっとも深いレベルでは、海にとってはどんな波も問題ではないのだ。
それゆえ、そこには
すべての波を心底大丈夫だと思える、理解を超えた平和がある。
それは、
波は根本的に海からは切り離せない
という認識によるものだ。
[ 受容の真の意味 P80〜P82より ]
海は、ある波を受け入れてある波を拒絶するなどということはしない。
それは無条件の受容であり、
受容に関して人が持っている観念をはるかに超えたものだ。
*
受容とは、
海と波は切り離せない ということであり、
それゆえ相反するものは存在しないのだ。
すべての波が、海によってすでに受容されている。
そして、
本質的にはあらゆる波がすでに受容されている
という事実こそが、
この本が言わんとすることのすべてだ。
* * *
あなたという存在が受容そのものであるがゆえに、
あなたが受容することなどできない。
あなたは実際は分離した人物ではなく、
あるがままのあなたそのものが
この瞬間に対する肯定なのだ。
[ 愛、人間関係、そして徹底的な正直さ P284〜288より ]
覚えておいてほしい。
今起こっている体験の中に現れていることを
認めること。
ーーーここにある思考、感覚、感情が今ここに存在していることに
ただ自然のままに気づくこととは、
その思考、感覚、感情が
あなたという存在によってすでにこの瞬間に招き入れられている
と気づくことだ。
たとえ、それが自分のイメージを脅かすという理由によって
認めたくないものであっても!
では、この瞬間の「私の真実」とは何なのか?
私の真実は、この瞬間を受容できないということだ。
たとえ、それが私のイメージを脅かしても、私はそれを認める。
スピリチュアルな教えが説いているように、
私は受容できなければいけないと思っている。
でも、この瞬間の私の真実は、受容できないということだ。
それが、あるがままなのだ。
* * *
真の自由がやってくるのは、
私が今彼らを受容できないことも完全に生命に受け入れられている
ということをこの瞬間に見るときだ。
* * *
私がもはやあなたからの受容を求めなくなったとき、
あなたに対して正直でいることを恐れる理由があるだろうか?
受容は消え失せない。
* * *
まさに今あなたに私の発言を聞いてもらえなくても、
完全に反対されても、
この受容を失うことはないのだ。
あなたからどんな拒絶を味わっても、この受容はそこに変わらずにある。
対立のさなかでさえ、私はいつでも受容に包まれている。
* * *
この瞬間がどうあるべきか、この瞬間をどう感じるべきか
というイメージのすべてが消え失せると、
自由に真実を認めることができる。
イメージとして生きることの重荷から
解放してくれるのは 真実なのだ。
そのときコミュニケーションは、
この瞬間を言葉で表すだけ
というほどシンプルなものになる。
著者が本書で繰り返し使っている言葉の一つが「Okey」。すべては、ーーーーー 大丈夫 ーーーーー



