サラの離宮は、広大な高原の中に点在する湖の中でも、一番大きな湖の畔に建つ宮殿様式の古城でした。
神秘的な湖面に浮かべるその美しい姿は女王のお気に入りで、毎年夏と冬の休暇を過すのが恒例になっていました。
昔・・・。
若い国王がサラと言う美しい村娘に恋をして、悲恋の末にこの湖に身を投げたと言う伝説が有りました。

冬の休暇を過す為に、イザベラ王妃は三日前からサラの離宮に滞在していました。
過去の失った時間を取り戻す為に、アレックスの到着を心待ちにしていました。
幼い孫の存在を知った時から、王妃としてでは無く、母としての愛情を抑える事が出来ませんでした。
実の息子に与えられなかった母性の欠片が、孫のアレックス一人に向けられていました。
広大な敷地の中で何の束縛も無く自由に、アレックスと過す毎日を想像して夢心地でした。
愛しい 私の坊や
その可愛い笑顔で 呼んでおくれ
お母様と・・・
そして最終目的を達成する為には、乗り越えなければならない大きな山が存在している事も重々承知していました。
間もなく・・・。
女王の錯綜した野望が渦巻く盛大なパーティーが始まろうとしていました。
冬の昼下がりに。
王子とエレノアを乗せた車がサラ城の正門をくぐり抜けました。
「女王陛下にお会い出来るなんて信じられないわ」
エリーが興奮した口調で言いました。
「君らしく自然に振舞えば良いんだよ。
母上も最近は・・・」
「どうしたの? スコット・・・」
言葉を詰まらせた王子の横顔を不思議そうに見つめました。
「あ・・・!
何でもないよ」
直感のように過ぎった不安が、王子の言葉を遮りました。
何も心配する事はない
すべて上手くいく
真心で尽くせば
新たな道が開かれる
フェリスの時のように
今回のアレックスとの休暇は、王子にとっても大きな期待を秘めた時間になりました。
エリーとの未来には、アレックスの存在が大切な絆になるのでした。
この事は、母親で在るアンジェリカにも代理人を通じて伝えました。
快く承諾してくれたアンジェリカに、大きな愛を感じて幸せな気持ちに満たされていました。
アンジェリカ・・・
君はいつも 大きな愛で
アレックスの未来を見守っているんだね
優しいアンジェリカ
君に触れることは叶わなくても
言葉を交わすことさえ叶わなくても
いつも 君の愛を感じているんだ
アンジェリカから届いた親書を胸に、マーブル城のテラスから海を眺め、優しく微笑むアンジェリカの姿を想い描いていました。
「 親愛なる皇太子 スコット殿下
共に未来を歩める優しいパートナーに出逢われた事を嬉しく思います。
アレックスがお2人と共に過す冬休みを大変楽しみにしています。
どうぞ・・・ 素敵な想い出を沢山築いて下さい。
お2人の幸せを心から願っています。
幸せなアンジェリカより 」
スコット皇太子の未来を見据えた、確かな愛の形がサラの風に乗って空に舞い上がって行きました・・・。
「エリー 見てご覧・・・。
サラの湖が見えて来たよ。
僕が此処に来るのは10年ぶりだよ・・・。
昔と全然変っていない」
鬱蒼とした原始林の彼方に浮かぶ山々は、幻想的なサラの湖面にその白い姿を映し出していました。
太古の自然に囲まれながら・・・。
悲しい恋人達が消えて行ったサラの湖に、新たな愛の伝説が始まろうとしていました。