~償いは愛のはざ間で~
ジョナサンとの、友情を最優先させたスコットは、アトリエ製作を差し置いて、伯爵令嬢アンの肖像画を描く事になってしまいました。
急なジョナサンの依頼に戸惑いながらも、アイリーンの一件もあって、この「償い」を断る理由が見つかりませんでした。
幸い、マチルダの反応は以外なものでした。
「仕方ないわね。
私も彼には借りが有るし・・・。
そうね。三日だけ待つわ」
覚めた表情で、あっけらかんと言ってのけました。
スコットは、思わず握り締めていた拳を解いて、思わずホッとして彼女を抱き締めるところでした。
それ程までに、マチルダの言葉は、スコットの気持ち和らげ軽やかにしてくれたのです。
「貴方の元カノ・・・。
アイリーンって言ったかしら?
ジョナサンはジェラシーも含めて、あの絵が手元に残る事が許せなかったのよ。
彼女の新しい彼氏に売れば、全てが上手く行くわ。
こんな美味しい話は無いものね。
そして、今度は伯爵令嬢って訳ね。
いつまでも、彼に振り回されているのね・・・。
困った王子様・・・」
例によって、愉快そうに笑いながらも、射るように鋭い眼差しでスコットを包み込みました。
マチルダの意味深な言葉が、頭の中でくるくると駆け巡っては消えて行きました。
「今に、取り返しのつかない事が起きるわ。
償いも、これっきりにしないと・・・」
ロンドン郊外に在る、伯爵の居城の大広間で、レディ・アンは豪華なアンティークの椅子に腰掛け、スコットを見つめていました。
スコットは、時々マチルダの奔放な言葉に苛まされながらも、一瞬たりとも、筆を持つ手を止める事は有りませんでした。
幼さの残る可愛い顔で、ゆっくりとした上品な口調で、スコットに声を掛けました。
透き通る白い花柄のブラウスの下で、アンの豊かな胸が嬉しさで躍っていました。
「私の申し出を快く受けて頂いて、心から感謝しています」
しかし・・・。
描く事に集中していたスコットの耳には届きませんでした。
「・・・。」
アンは次の言葉を飲み込んでしまいました。
でも、その笑顔は、益々幸せそうに輝きました。
スコットの魔法の眼差しが、指先を伝わり、若いアンの魂を新鮮な勢いで描き出して行きました。

三日目に・・・。
アンの肖像画が完成すると、スコットは急いで荷物をまとめていました。
迎えに来たジョナサンが、機嫌良くスコットの肩を叩きました。
「良くやってくれたね!
マチルダとの約束も守れたし、安心したよ。
そこで、あと一つお願いがあるんだ」
「お願い?」
「そう、あと一つだけ頼みを聞いてくれ。
レディ・アンとデートをして欲しいんだ」
「なぜ僕と?」
「王女様が、君の事を凄く気に入っているんだよ。
城内を少しだけ、ドライヴするだけで良いんだ」
そう言うと、自分の車のキーを無理やり手渡しました。
「君は僕を迎えに来たんだろう?」
スコットは、バッグを立派なソファーの上に放り投げました。
「怒るなよ。
これからも伯爵の城に出入りしたいだろう?」
「僕には、別にどうでも良い事さ。
君の達者な口で、お相手すれば良いだろう。
僕は帰る!」
荷物を抱えて足早に館内から出ると、玄関先に止めて有った、車のドアを勢いよく開けました。
「レディ・アン!」
助手席には、ハニカミながら微笑むアンの姿が有りました。
「ご迷惑ですね。
ごめんなさい」
アンは、長い髪をリボンで後ろに結び、帽子を被り、茶色のジャケットにお揃いのパンツを身に着けていました。
「ほんの少しだけでも、ご一緒にドライヴして頂ければ嬉しいのですが・・・」
アンの初初しい笑顔が、スコットの反抗心を和らげてしまいました。
「一時間くらいなら・・・」
スコットは、頭を搔きながら体を丸めて、運転席に腰掛ました。
「有難うございます。
急なお誘いを受けて頂いて」
スコットとは正反対に、満面の笑みを浮かべたアンを乗せて、車は勢い良く走り出しました。
そして・・。
ジョナサンの作戦通りに、二人を乗せた車は、城の奥深い緑の中に消えて行きました。

丘を一つ越えた所で、スコットの頭の中に、「後悔」の二文字がハッキリと浮かんで来ました。
ハンドルを握る手に汗が滲み出て、スコットの心を揺さぶり始めました。
マチルダ・・・
僕は何をしているんだろう
一分でも 一秒でも早く
君の元へ帰りたいのに
