先日放送されたSPドラマ『肉体の門』は、

素晴らしかった。


原作は読んでいないからか、

物語がすっと入ってきた。


久し振りに、泣いた。

戦後直後、どれだけ生きていくのが大変だったか、

また、主人公である“浅田せん”の

生き様に、胸がぎゅっと締め付けられた。

そして、せんと共に生きた人々の、あらゆる想いにも。

年末に、良い作品を見られて嬉しかった。



この『肉体の門』を楽しみにしていたので、

それが終わってしまうと、

私は腑抜けた。


楽しみが無くなっただけの事で。

どうしちゃったんだろう、私。

気付けば溜息を漏らしているし。それに


「ああ、ダメだダメだダメだ。私はダメだ」

「もう、イヤだイヤだイヤだ。全部イヤだ」


等と呟いている。呪詛のように。

シャワーを浴びながら。

煙草を吸いながら。

お蒲団に横たわって泣きながら。


何やら世間はお正月モードで

めでたいめでたい言っているのに、

全然おめでたくない、こころのうち。

マジでどうしちゃったんだろう。分からない。



そんな空気を打破したくて、

目が隠れるまで伸びた前髪を切った。

ざっくざっく切ったら、不思議とすっきりした。

今は、眉が隠れる程度の長さで

毛先をほぉんの少しだけ軽くしている、パッツン系。


前髪の長さで、顔の印象はかなり変わる。

私は額が広い卵形の顔をしている。

だから前髪で、顔を小さく見せる努力をしている。

前髪が短いと、2~3歳若返る・・・気がする。

ほんの少し、20代前半みたいな。違うか。気のせいか。


母さんは丸顔で小顔。羨ましい。

ばあちゃんにそっくり。

私は、じいちゃん似という事。

(父親の顔は、余り思い出せないから。)

顔立ちも、日本人離れしているじいちゃんに

ちょっと似ている。


話を戻そう。

前髪切ったら、すっきりして

上に述べた呪詛を呟かなくなった。

雰囲気の変わった顔を鏡で見て、

新年をこれで迎えられるのは良いじゃないかと考えた。

本当、単純なもんだ。






抜歯後の痛み

以前のように四六時中じくじく痛むという事は

無くなったけれど、

偶に、不意に、疼く。そしてへこむ。

精神科の主治医には、


「栄養失調なんだから、治癒しにくいのは当たり前だよ」


と諭された。

歯科医は、説明してくれなかった。

私への言葉は「口を開けてください」のみで

処置を始め、終えたら何処かへ消える。


抜歯後の痛みに関しては、歯科衛生士さんが


「ああ、治癒不全ですね・・・。抜いて穴の開いた所が

 まだそのままなんですよ。出来る限り、嗽薬で

 消毒して下さいね」


とアドバイスしてくれただけだった。

歯科医は、私と私の母が抜歯翌日、

余りの痛みに説明を求めた際に

機嫌を損ねてしまって、それが続いている感じ。


もう、別の歯科を探す気力なんて無いから

取り敢えず、むし歯が大体治るまで通う。

来年の夏か秋には終わると良いんだけど。






大晦日、じいちゃんが半年振りに帰宅するので

母さんは介助の為、私はその手伝いで

泊まりがけで祖父母と過ごす。


車椅子からお蒲団への移動(祖父家にはベッドが無い)が

今、凄く不安。

母さんはヘルパーで身体介護も出来るが、

“車椅子からベッド”だけで、蒲団へは経験が無いらしい。


だから、私も手伝う訳だけど、

身体介護に関する知識が無いので、あたふたすると想う。

母も余り説明上手ではないし、短気だから

またそれが怖い。


この、“怖い”という感情は、トラウマなので

致し方ない。母が苛立ち声を荒げると、

条件反射で、フリーズしてしまう。根っこが深い問題。






さて、じいちゃんとばあちゃん達と

大晦日からお正月を迎えるのは、初めてだ。

と、想う。

多分、泊りがけという事は無かった筈。


じいちゃんは、右半身が動かない。

私達の言っている事は理解できるけれど

うまく喋る事が出来ない。


以前の、カクシャクとしたじいちゃんも

こころに居るから、胸が苦しくなる。

歩けなくなったから、じいちゃんの脚は

摂食障害の私並に細い。


車椅子に座っていて、姿勢が崩れてきても

自分じゃ心地よい体勢に出来ない。

また、その事を伝えられない。


じいちゃんは、どれだけもどかしく、苦しいだろう。


それを想うと、涙がぼろぼろ溢れる。

辛いだろうに、それでもじいちゃんは、私の心配をする。

元気でやっているかと。今は就職困難な時期だから大変だなと。

まあ、元気だったらそれでいいと。


元気じゃないなんて言えない。

だから私は、じいちゃんの前ではいつも笑顔で居る。

笑顔で居ると、不思議なもので元気な気がしてくる。


じいちゃん達と過ごす時間。大切にしたい。

じいちゃんにもばあちゃんにも笑顔で過ごしてもらいたいから

憂鬱だのしんどいだの言っていられない。


頑張れる時こそ、頑張らなきゃ。


思い出す。今年5月末に倒れる前は

じいちゃん、よく歌を唄っていた事を。

船乗り時代の仲間や、行き先の外国の話をしてくれた事を。


認知症だけど、昔の記憶はしっかりあるから

ゆっくりそれを聴きたいなあとも想う。


私の、病気の症状は今、凄く不安定で

生活パターンが少しでも変わるという事が、

何だかとても恐ろしい。


乱高下する気分の波。本当、煩わしい。

自分の事なのに、まるで他人事のような感じで

全てが流れていく時間も。



どうしよう。

こんなに不安定じゃ、周りの迷惑になるだけだし。

何れにせよ、明日の午前中には祖父母と居る。母と共に。


自分の出来る事を、精一杯出来るといいな。


楽しみにしていた、M1グランプリ。

この日のために、PCで予約録画をしていた。

丁度、買い物に出る時間なので

録画しているアイコンを確認しただけで、外出した。


それが、失敗だった。


ちゃんと、チャンネルも合わせて予約をインプットしたのに

帰宅して、いざ録画番組を観てみると、

それは、M1ではなく


NHKの番組だった


一瞬、何事かと、どういう事だと

予約録画の画面を確認してみると、

“詳細内容”はM1のものになっているけれど、

チャンネルが何故かNHKのものに。


はい。 “誤・作・動” ですね。


私のPCは、私に似て、ひねくれものなのです。

調子が悪いと、立ち上がるのも拒否します。

機嫌が悪いと、エラーと称して文句を言います。


たくさんの情報を一度に与えられると、

忽ち動きが緩慢になり、酷い時はフリーズします。

そう。私のように。


だから、何度C領域がおかしくなって、

再セットアップをしなければならないこのPCでも、

手放し難いものがあるのかしら。

余りにも、自分と似ているから




それにしても、

今年こそM1グランプリを最初から観られると想っていたので

違う番組が録画されていたのを知った時には

かなりへこんだえー


1年に1度の、楽しみだから。

精度の高い“笑い”で、一時でも

憂鬱な気分は吹っ飛んでいるから。

笑える時間って、本当に貴重だと想う。


だから、予約録画をしたのだけど、

まさか “誤作動” というハプニングがあるとは

予想だにしなかった。


嗚呼、嗚呼。厭な事って重なるんだなあガクリ(黒背景用)

抜歯後の痛みは未だに酷いし、

その為に鎮痛剤を服用しているから、胃が痛い。

今は噴門部に違和感というか、異物感がある。


“笑い”があれば、きっとそんな事も

吹っ飛んじゃうだろうって儚い希望を抱いていたのに、

誤作動って。かなりへこむ。




だけど、M1決勝戦はちゃんと観られた。

個人的にオードリーを応援していたけれど、

2番目に出てきた、知らなかったコンビが

思ったよりも凄く面白くて、

案の定、彼らが優勝した。


全身白い格好だった人が

優勝決まった瞬間にぼろぼろ泣き始めたので

もらい泣きした。

この1年、M1の為にいっぱい頑張ってきたんだろうなって

その1年間の想いが凝縮した涙なんだなって感じた。


元々、男泣きに弱いので

「良かったねえ」と泣けた。

今回のM1は色々予想外だった気がする。

余り観られなかったので、予選風景の放送も

合わせて、そう感じた。


それにしても、惜しいわあ。

悔しいわあ。M1、最初っから観たかったわあ。

私に似た、ひねくれもののPCちゃん、

今度こそは、ちゃんと予約録画成功させて下さい。

次はちゃんと、傍にいますから。




それにしても、この歯の痛みはいつまで続くんだろうぼーぜん

月曜日、歯科診察の日なので

切実に訴えよう。



抜歯した痕が、物凄く痛い悔し泣き



いつもいつも、痛い。

鎮痛剤を飲めば楽になるけれど。


でも鎮痛剤は、胃にかなりのダメージを与える。

元々胃腸が弱く、慢性胃炎や逆流性食道炎もあるから

飲むタイミングが難しい。


だから、いつも痛みを堪えている。


抜歯をした翌日、消毒してもらう為に歯科医院へ行った。

体調が酷く悪く、痛みで朦朧としていた。

あと、疑問に想っていた事を、歯科医に訊いた。ならば。


先生ったら、ご機嫌を損ねちゃった。


そしてその日、本当は他の治療をする筈だったけれど、

歯科衛生士さん達がこぞって


「大丈夫?なんか体調悪そうだから、治療は次にしましょうね。」


と言うものだから、確かにしんどかったので

素直に従った。

結構お歳を召していらっしゃる歯科医なのに

機嫌のよしあしが手に取るように分かっちゃう。切ない。



歯科でもらった鎮痛剤はたったの4錠だったので

足りるはずもなく、現在は他の病で処方されている

鎮痛剤を服用している。


痛みが引かない事に関しては、

心当たりが多過ぎる。私は馬鹿なので

抜歯した当日から煙草は吸うし、お酒は飲むしでむー


摂食障害の症状もまた、中々治癒に向かわせない

一因だと想う。

食べ始めたら、もう何も考えられなくなっているので

患部で噛み砕いてしまい、言葉にならない悲鳴を上げる事も。


一応、ちゃんと消毒液でうがい、漱ぎをしている。

抗生物質も、服用してきた。

でも、中々痛みは取れない。



歯というか、歯茎が痛いと

頭や、首筋から肩まで痛い。

もう、今まで何回イタイ、イタイ言ってるんだろううう


だから鎮痛剤の存在に、とても助けられている。

このお薬が無かったら、きっと暴れてた。

って言っても、内向的な私は外に向けてではなく


自分に向けて暴力を振るうので、危ない。


今のところ、大丈夫なので安心している。

首筋や肩を揉み解したり、

ツボ押しをしたりしていると、時間があっという間に過ぎる。






“痛み”があると、本当に憂鬱なみだ

どうしようもないほどネガティヴ思考になる。

気付けば涙がぼろぼろ出ていた。


冷たい水で、顔をばしゃばしゃ洗ったら

幾分すっきりして、どうにか持ち堪えたけど、

マジで“痛み”は侮れないって想った。



無理矢理、抜いたって感じだったからなあ。

過去2回の抜歯では、すぐ痛みも引いたし、

腫れもなかったのに、今回は酷いぞお。


きっと、歳食ったって事だろう。

若くないんだから、馬鹿な事しなきゃいいのに

馬鹿だからやっちゃうんだなぼー



治癒するまで、お薬でのうがいは欠かさず、

治るのをぼちぼち待つしかないな。



次の予約は、来週月曜日。


自転車かっ飛ばしていけるまで、

体力を戻さねばにゃ


抜歯した。人生3度目の。

今までで一番痛かったのは、

かなり強引な施術だったからかな。



麻酔も余り効いてなくて、抜く瞬間が凄く痛かった。

そのささやかな麻酔が切れてから、

切開した歯茎が猛烈に痛み出した。



抜歯したんだから、痛いのは当たり前。

今までそう割り切れていたけれど、

未だ釈然としないのは、



歯科医、歯科衛生士と私の間に生まれた

齟齬のせいだと想う。






抜歯前の説明では、


「むし歯になっていて、根っこしか残っていないから

 抜きますね」


との事だった。



だけど、抜歯した右下奥の歯は、

親不知の位置の関係で、元々歯茎に埋もれ気味なだけで、

体調によって姿を現したり消したりしていたものだった。



麻酔の針を刺していた時、異変を感じたらしく、

1回目の麻酔の後、急遽レントゲン撮影。

その映像から、


「根っこが2つ繋がっているように見えるから、

 一緒に抜けたら抜きます」


という方向転換がなされた。

ここで忘れてはならないのは、


「根っこしか残っていない


という説明。



殆ど麻酔の効いていない状態で、

抜歯器具が私の歯をめりめりと持ち上げ始めた。

しかし、歯茎に埋もれているので、電気メスで切開された。



血の味がする中、深く根付いている側の歯を

めりめりみしみしと無理矢理ぐいぐいと、抜く瞬間、


あんぐりビックリ


言葉にならない痛みが、実際は数十秒だろうが

5分位に感じられるほど続いた。

口を開いているので言葉を発せない。一瞬、目の前が真っ暗に。



茫然自失の中、全てが終わり、

止血の為、ガーゼを噛んでいた。

そして抜かれた歯を見た。



全然、根っこだけじゃないやん!

思いっきり“歯”やんか!

抜いた場所の歯茎、ぼっこり穴開いてるし!



疑問を感じながらも、治療費を支払い、

鎮痛剤と抗生物質をもらって

歯科医院を出た。母と一緒に来ていて良かった。



自転車だったら、途中で倒れていただろう。

車で本当に良かった。

それくらい、深いダメージを受けた。






気を取り直して、じいちゃんに会いに行く為

ばあちゃんの家へ向かった。

私は救いようのない馬鹿だから、



「たばこもお酒も駄目なんて、守れませんむー



って事で、血が止まったのを見計らい、

車の中でホッと一服した。

やけに、うまかった。


ばあちゃんちでは、母が昼食を食べている間、

麻酔が切れて物凄い痛みを発し始めたので

鎮痛剤を飲んで炬燵に入り、横になっていた。


ばあちゃんの支度が出来た後、

じいちゃんの居る施設へ出発。

最後に会ったのは大分前だったので行けて嬉しい。




じいちゃんは、私のことを分かってくれたし、

笑顔で動く左手で手を握ってくれた。

この手を離さないぞという勢いで。


もう、それが嬉しくて嬉しくて。

じいちゃんの笑顔も、凄く久しぶりに見たし、

一生懸命私の心配をして喋ってもくれた。


不明瞭ながらも

「元気かな?」「まだここにいるんだろう?」「ゆっくりしていきなさい」

ということを話していた。

私が微笑むと、じいちゃんも笑顔で応えてくれる。


そういう時間が、とてもとても幸せで、

さっきまでずぎずきじくじくと歯茎が痛かったけれど、

そんな痛み、じいちゃんの笑顔で吹っ飛んだ。


それくらい、じいちゃんが元気になっていた事と、

よく笑うようになっていた事が、

私にとっては嬉しい事だった。




施設は、元旦がお休みなので

じいちゃんは大晦日の昼、

実に7ヶ月振りの帰宅をする。


ただ、その日の為だけに

ヘルパーさんを呼べないので、

そのお仕事をしている母が、お世話をする。


右半身が、麻痺しているので介助が必要だから。


もちろん、私も一緒に泊りがけで行く。

毎年、じいちゃん・ばあちゃんとお正月を過ごしているので

和やかな時間になればいいなと想っている。




激しい痛みをも吹き飛ばしてくれたじいちゃん。

嬉しいことって、厭なことを帳消しにしてくれるんだなあ。



なにがなんだか、調子が悪い日々が続いている。


「どうしてだろう。このメランコリックな気分は何なんだろう」


そう自分に問うても、訳が分からない。

ただ毎日、次の歯科診察のことを考えるだけで

漠然と、もやもやとした厭ぁな想いが、胸に広がる。


「もう疲れた」


それが、正直な気持ち。

10月まで、外出らしい外出もできなかった自分が、

1人で見知らぬ場所の歯科医院へ行っている事が、不可思議。






そういう訳で、PCを立ち上げるのも怠かった。

ブログを綴れる状態でもなかった。

鬱々とした毎日が、ぼんやりと過ぎていっていた。



服用するお薬を、少し変更した為だろうとも想う。

眠りたいから、眠剤を1錠追加してもらう代わりに、

日中薬から抗うつ剤を1錠削った。


多分、これがいけなかったんだろう。


次の日から、やたら気分は落ち込むし、

苛々として煙草を吸ってばかりだし・・・

って感じで


「もういやだあ」


と繰り返し独り言を呟き続けていた。

一時、新しいお薬を飲み始めた事で身体は動いたけど、

こころは付いて行っていなかったみたいだ。






病症が忠実に、規則正しく表面に出てくる。

摂食障害との付き合いは長いけれど、

抑うつとのタッグで来られると、やばい。かなり、やばい。


「助けて」


なんて、言えない。

言えないというか、誰にどう助けてもらいたいかさえ

分からないから。


「ずっと眠っていたい」


最近は、これに尽きる。

だが、それを歯科医院への通院が阻む。

先週は、月・木・土曜と行った。しんどい。



自業自得なのは、分かってる。

むし歯を放置した自分が、100%、悪い。

ただ、うつの症状が酷くて外出できなかった理由がある。


精神科の主治医とも、今年は1度も会っていない。


電話診察という形で、本当は週に2回電話をかけなきゃ

いけないのに、月に1回という場合も少なくなかった。

色んな事を考えなきゃいけないのに、逃げてきた。


全てにおいて、気力が失せている。


こんな事じゃあ、いかん。

もうちょっと、頑張らなきゃ。

兎に角、何かを頑張らなきゃ。






取り敢えず、自転車をごいごい漕いで

冷たい風を切り分けながら

私は、歯科医院へ通い続ける。


何せ、健康な歯は下の前歯4本くらいなもので。


後は、抜歯しなきゃならんのとか、

抜髄しなきゃならんのとか、

そういうのばっかりなので大変だ。治療が痛いから。






新しくなった、上の前歯2本は、かなりいい感じ。

以前より、少し歯並びが良くなったので

他人の目がある前でも躊躇なく笑えるようになった。



水曜日も、歯科通院。

今回は、かなり時間がかかると言っていたし、

9時50分が予約時間。



嗚呼、早く眠る支度をしなきゃ。



それにしても、憂鬱な気分は、未だに晴れないな。

まあ、どうにかなるかな。