hiroです
長男は22歳
昨日
地元の掛かりつけの病院に入院
6月に
東京で検査と治療を受けて
今回が本番の開胸手術
生まれてから3度目のオペで…
ベッドから起き上がれない日が
何日かあるから
床屋に行ってくる~
で
帰ってきたら…
坊主
長男が生まれてからのこと
書いてみようかな
って思ったのは…
6月に
東京某大学病院に入院したとき
同じ日に入院した
赤ちゃんのおかあさんが
長男を見て…
こんなに大きく成長している姿を
見せていただいただけで
希望が持てます
と
仰って頂き…
うちはこんなんでしたよ~
と
私の経験談に
共感してもらえる人がいるだけでも
嬉しいです
とも…
私も
そうゆう人がいたら良かったな~
って
思っていた時があったし…
一生懸命だけど
不器用に生きていた私が
この状況下でも
“幸せです”
って
言えるようになった
長男と私の成長記
考え方や
視点や
当たり前や
常識や
捉え方が変わると
人生はまんざらではない
と
思えるようになるかな
波乱万丈ではあったけど
基本
私よりも大変な思いをしている人は沢山いる
事は分かってたから…
ちょっと参考にしてもらえる人がいたら
いいな~
みたいな…
気軽に読んでほしいな
32歳の時に
二人目のお産でね
二回目の結婚で
長女との間が13年も開いてたので
お産が初産のようで

でも
ちょっと余裕もあったから
生まれたばかりの長男をみて
随分と色黒の子だな~
声もハスキーだし…
ってのが第一印象で
無事に生まれて良かった~
と
幸福感と達成感のなか…
心音に少し雑音があるので
小児専門医に救急搬送します
とお医者さんから告げられ
看護師からは
時々あることだから心配しないで
とも…
数分間抱いただけで
離れ離れに
長女を早産で
緊急搬送の経験があったから…
大丈夫
って思ってた
後から知ったのは…
この数時間後には診断が下りていて
元夫と私の父は相談したうえで…
私に事実を伝えるのは産後の体が安定した後に
主治医から伝えてもらう
そう決めたらしい…
産後…
6日目ほどで
や~っと長男に会える事になり

嬉しさでいっぱいで
病院に向かう車の助手席に乗り込んで
道中…
何気なく開けたダッシュボードの中に
心臓の図解があって…
ん
何これ
って
元旦那さんに聞いたら…
そんの見なくていいから
って
険しい表情で叱られて
はじめて
ただ事ではないと感じた…
二度目の長男との対面は
透明なケース越し
沢山の点滴に
モニター
鼻にはチュ―ブが挿入されてて
触れることでさえできない状態
何が起きているのか
分かりたくない放心状態…
主治医の説明は
何を言っているのか
理解が出来なくて…
ただただ
大変な事が起きているんだ
ってことは分かって
それだけで
涙が止まらなくて…
10年前なら
今、投薬している薬がまだなかったので
ここまで生きてはいなかったでしょう
単心室他…先天性心疾患です
この言葉は覚えてる
生きているだけでも
奇跡
ずっと
ずっと
ただただ泣いた
なんで…
どうして…
二度目の再婚で
子供を授かって
幸せが更に膨らむ
そう思ってた…
実父のアルコール依存も
落ち着いてきていたし…
これから…
って思ってたからね
滅茶苦茶自分を責めたし…
不安で仕方なかったし…
何日も泣き明かし…
で
泣くことに一区切りできたのが
元旦那さんの一言
“泣くだけ泣いてもいいけど
泣いても何も解決しない
この子のために
何が出来るか考えた方がいい”
そう…
泣いても現実が変わるわけではない
泣くことを止めるまでには
時間がかかったけど…
少しずつ
この子のために
何が私に出来るんだろう
そう
考えるようになって…
長男に面会出来た翌日から
毎日
母乳を搾って冷凍して…
それを持って
会いに行く事が日課に…
泣くことで
血中の酸素濃度が下がってしまうので
ほとんど薬で眠らされてて
口には
ニップル(哺乳瓶の口の部分)が
テープで固定されていて
肌が未だ弱いし
酸素で乾燥するから
テープで頬がかぶれているのが
痛々しい
血中酸素濃度は(以下サチュレーション)
胃に母乳が入るだけで下がちゃって
安定していたのは
生後2カ月の間で数回
安定している時だけは
保育器(名称は正しくないかも)から出られて
口元に酸素マスクをあてがいながら
10分程度だけど
抱くことが出来たので…
毎回
今日は抱っこ出来ますように
=
安定してますように
って
願いながら病院へ
2か月後に
低酸素発作を頻繁に起こすようになり
体重が4キロになったら手術を…
の
予定を待つことが出来ない状態
体重は出生時よりも減って
2300グラム程だったと思う
緊急手術を受けるために
転院が決まって
肺に血液の循環を増やすためのシャント術
無事に成功して
サチュレーションが安定したために
やっと家に帰ってくることが出来た
出産準備で用意していた
洋服を着せてあげることが出来る
たったこれだけの事だけど…
当然のことと思っていたことが
出来るだけで嬉しかった
帰宅できてからは
三時間毎に授乳
一回にあげられる量がきまってて…
(最初は40㏄ほどだったと思う)
少量なのに
吸う力が弱くて
直ぐに疲れるので寝てしまうから
ほっぺをツンツンして
起こしながらの授乳に掛かる時間が
一時間…
人肌の温度よりも下がると
飲まなくなってしまうので
途中で何度も湯煎して
温めながら飲ませる
必ず飲みきらせること
これが条件で退院出来ているので
時間が掛かっても
飲みきらせないといけない
体重も増えないし…
昼夜関係なく
三時間サイクル
一時間掛けて飲みきるので
次の授乳までの間が二時間
便が緩くて
母乳が原因かもしれないな…
体重が増えないね
と
ミルクに切り替えたけど
便はかなり緩いままで
出ると肌着から全てお着替え
当時は
未だ紙オムツに抵抗があったのと
高価だったため
布のオムツだったけど
あまりにも洗濯物が多くて
間に合わなくなって
紙オムツに変更
結局
最終的には
アレルギー用のミルクに切り替えたけど
離乳食が始まって
暫くの間は
便は緩いまま…
長男は眠りがとても浅くて…
健常者なら
泣くことも赤ちゃんの仕事
なんだけど…
チアノーゼが酷かったので
泣かせることも出来ない
(低酸素発作の怖さを聞かされていたし
当時はサチュレーションの器械は病院にしかなかったから…)
眠りが浅いから
ちょっとの物音で目が覚めては泣いてね
私は
トイレも行けなくて…
何をするときも
片手で抱っこして
首が座らない事と
おんぶは胸を押さえられることで
息づかいが苦しそうになることで無理
抱いているしかなくて…
一時間掛けて
やっと寝てくれて
そーーーーーっと布団におろし
やっとトイレ
で、直ぐに泣いて目を覚ます
この子は
不安なんだな~
って思ってて
だから
抱っこしてて欲しいんだろな~
と
だから常にだっこ
(私の不安を投影してたんだね~)
二人目だからね…
お母さんが神経質になると
赤ちゃんも神経質の分かってて…
静かな環境過ぎると
ちょっとした音に反応することは
長女の育児の時にも体験済みで
分かっていたし…
長女は
適度に泣いて
たっぷり飲んで
よく寝て
(っていうか…
長女は手が掛からない子だったし)
で…
当時は
家事も育児も
手伝って貰える人はいなくてね…
母親とは絶縁状態
義父母とも疎遠で…
私は一人っ子
実父と元旦那は
どっちが本職か分からない趣味と仕事で
家にいる時間が少なくて
育児の協力が
なかなか得られなくて…
神経質にもなってたし
心身ともに疲れてた
感染症にはくれぐれも注意してくださいって
主治医から言われていたので
家から出るのは
買い物と長女の用事があるときだけ
それも
人が少ない時間に
さっと済ませたり
感染症予防のために
友達や外部の人とは
出来るだけ接触しないようにしてた
社会と断絶
親族とも関わらない
長女も反抗期
真っ盛りで…
(極論だけで言うと…
再婚に反対だったことが後で分かって…
10年間
母親を独り占め出来てたのに
環境が一気に変わってしまったから
仕方なかったかな…
私なりに真剣に向き合ってたつもり
なんだけど…
思春期だし…)
常時
睡眠不足…
完璧性だったから
掃除も
洗濯も
食事の用意も
手を上手く抜くことが出来なくて
出来ないことで
ストレスを溜めてて…
年齢的なこと
元々の体質も丈夫とは言えないから
毎日栄養ドリンクで
起きていられる状態
色々なことに限界を感じたとき
元旦那さんに…
手伝いをして欲しい
とお願いすると…
誰でもしてることだから
お前に出来ないはずないでしょ
って言われて
平日も帰宅が遅いことが多く
土日はほとんど趣味で留守
泊まりがけで出かけることが多くて…
不満の塊だったのに…
二度とお願いが出来なくなってね
私世代は…(私の両親がそうだっただけかな?)
育児は母親の仕事
と刷り込まれてるし
それが当然だと思ってたから
断られても
普通じゃないんだから
と思っていても
私の常識では
育児は母親…
私の常識に反論する余地がないんだよね
子供の頃には
両親の喧嘩が絶えなくて…
それが嫌で嫌で仕方なかったから
喧嘩をすることにも臆病で…
2度目の結婚だったので
私が頑張れば
私が我慢すればいい
って…
長女気質の一人っ子は
頑張るわけで…
頑張るために
栄養ドリンクは一日二本になってた
(
一日一本までって書いてあるので真似はしないでね)
6か月を過ぎる頃になって
やっとミルクの量が増えて
授乳時間の間隔も
少し長くなって
眠る時間が少し増えて…
長男の成長は緩やかでね
首が座ったのは生後5か月
寝返りも
お座りも
離乳食も
歩き出しも
殆どの事が
平均とされている月齢よりも
2ヶ月遅れ
私にとっては
この遅れは
全然気にならなくて…
比較すること自体が
違う
って思っていて…
家で普通の生活ができる事が
幸せと思えてたから…
この子には
この子のペースでいい
って思えてて…
一人っ子の私は
全てを背負い込む癖があり
空気を読む
事が当たり前で
幸せになるためには
私が我慢して
私が頑張って
で
心身共にぎりぎりで頑張ったから
笑わない私
に
なってることに気づけなくてね…
(当時の写真は鬼婆みたいな顔してる~
)
その頃
人からもらった言葉に…
貴女を(長男は)選んで来たんだよ~
貴女に乗り越えられるから与えられた試練だよ~
速攻で
頭の中で否定して
もう無理
そんな試練なんていらないし
変わってやってみてから
言ってください
ってね
今…
もしこんな風に
苦しいな~
って思ってる人いたらね…
完璧に家事しなくていいし
喧嘩したっていいし
一人で背負わなくてもいいし
寝ていいし
頼っていいし
謝ればいいし
辛いって言っていいし
泣いていいし
迷惑かけてもいいし(迷惑と思わない人がいるから)
頭の中で言えてることを
言葉にしていいと思う
私みたいに(以前のね)
苦労して乗り越えることが修行
じゃなくてね
ホントはこうしたい
を
大切にしたらいいと思う
やりたいのにしない
自分に気付けば良いだけかな…
次回に続く…
(次回が
必ず長男記事とは限らないかな
)

