昨日は暑かった。夕方家を出たのに、日傘なしで歩けない。
遅刻してるしな、大学なんか久しぶりすぎて入るのはずかしいな。
でもいいや、入れなくても、興味ある何かを学びにいく、という行動を
取ってみよう。なんて心の中で自分を励まして、道に迷いながら教室へ。
国際日本学合同演習公開講座・島田雅彦(小説家)
「私を語るということ」
http://kokusainihongaku.blog129.fc2.com/blog-entry-34.html
21日土曜日の16::50~20:00 @法政大学(大学院棟)
1時間遅刻だったので、最初のお話は聴けず、途中からメモを取る。
-----------------
日本人は自然に沿う、自然を信仰しやかった、ナチュラリストの日本人の自我。
しかし今度の震災は単なる災害ではない。
コントロールできる過信したものがコントロールできなかった人災。
さんざ勝手をしながら、自然にいたぶられながらも自然を愛し、依存してきた
ナチュラリスト日本の近代的自我が危機に直面している。
未来の自我の有り方を、それも日本が発信する有り方をどう構築していくかに
思いをはせている。
(静かなる超前のめりだわと感じつつ‥)
identity とは対人的な看板で便宜的なもの
original personality は素の自分
alter personality は辛い自分からの逃避、生贄として捧げる私
それらが統合し、回路をもって変化できるから狂者になっていない。
作家、語り手、主人公、場面場面でそれぞれに憑依して書いていく。
物語を豊かにするために、その人の過去や経験、記憶、トラウマさえ
憑依して造形していくーそこが技術。
alter personalityのリアリティを競う、
そこにフィクションライターの栄光がある。
小説家は誰でもなれる。。。。
-------------------
謙遜気味に痛烈な皮肉だなーと思いつつ、つぶやいてたあの言葉は
そういう意味なんだ、と所々ひとりごちる。
レジメに沿いつつ、目の前の学生やファンの表情を
見ながら話題を変えていく。
そこもう少し話してほしいのに、というところで、
聴衆が理解できる話題に切り替えていく。
この人は小説家?ボランティア?教育者?落語家?
ま、全部そうなんだろうな。
終了後の旺盛な質問は、1つ位はマシだったが、あとは無駄。
もっと魅力を引き出すなら、、、と勝手に考えながら
校舎を後にする。
それにしても、学ぶという場はなんと贅沢なんだろう。
お金を払って学ぶ。その後、お金を得るために働く。
それがまた逆転してもいいよねーと思う。
ビジネススクールなども増えてきてるけど、
もっと教育ビジネスって多様化すれば、いい市場になる気がする。
ジムに行くかわりに大学に行って講義を聴く。別に片ひじはらずに。
そんな風になったら楽しいのにな。
社会に出てから、仕組みを知ってから、現場を味わってから、
理論と理論の存在する意味がわかることもある。
それで答えをその場で出さなくていい、
思索するきっかけづくりで。