最近、ふと思ったことがあります。
今月から通い始めた障害者の学校には、過去に長い間引きこもっていたという方がたくさんいます。
きっと、それぞれ学生時代や人生の中で、言葉にできないような辛い経験やトラウマがあったのだろうと思います。
そこで、ふと考えました。
**「自分はなぜ引きこもりにならなかったんだろう?」**と。
事故の後の僕は、今振り返ると本当に大変な状態だったそうです。
忘れ物は多いし、視力も元には戻らない。感情のコントロールもできず、すぐに怒ってしまう。
周りの友達から見ても、事故前とはまるで別人だったのだと思います。
事故から15年ほど経った頃、高校の同窓会に参加した時、当時のクラスメイトからこんなことを言われました。
「あの頃のお前、本当に頭おかしかったよな(笑)」
そして、
「みんな驚くというより、正直ちょっと引いていたよ」
とも言われました。
友達から少し変な目で見られていることは、当時の僕も何となく感じていた気がします。
でも、その頃の自分はというと、なぜかずっとハッピーな気分で、自分の置かれている状況を正確に理解できていませんでした。
今思えば、周りから見た僕はかなり異様だったのかもしれません。
頭は半分刈り上げ、車椅子に乗り、特殊なメガネをかけている。
しかも、事故による高次脳機能障害の影響で言動も以前とは違う。
周囲は「気持ち悪い」と思ったというより、
「あれだけの大事故に遭うと、人はここまで変わってしまうのか…」
そんな気持ちで見ていたのかもしれません。
正直、当時のことはほとんど覚えていません。
家も初めて来た場所のように感じていたし、家族との記憶もほとんどない。
気がつけば周りの人たちは人間関係ができ上がっていて、自分だけがその中に突然放り込まれたような感覚でした。
不便なことはたくさんありました。
でも、自分がどんな状況なのかすらよく分かっていなかった。
ただ、なぜか毎日ハッピーだったことだけは覚えています。
後から家族に聞いた話では、事故後しばらくの僕の精神年齢は、幼児から小学生くらいまで戻っていたそうです。
少しずつ落ち着き、物事をしっかり考えられるようになったのは20代半ばから30代前半頃。
そう考えると、当時の自分が周囲とズレていたのも仕方がなかったのかもしれません。
学生時代、僕はいじめられていたというより、周りがどう接していいか分からなかったのだと思います。
事故はニュースになるほど大きなものでした。
だから、好き嫌いとはまた違う、何とも言えない距離感があったのだと思います。
僕自身、学生時代の記憶はほとんどなく、後から周囲に聞いた話の断片でしか知りません。
振り返れば、僕の人生はなかなか壮絶だったようです。
幼い頃は父親の家庭内暴力があり、両親は離婚。
借金取りから逃れるように夜逃げをし、北海道へ移住。
その後、東京へ戻り、今度は交通事故に遭いました。
築50年ほどの古い2Kのアパートで、母と兄弟4人、貧しいながらも暮らしていました。
家族からは「本当に大変な人生だった」と聞かされます。
でも、不思議なことに僕自身にはあまり実感がありません。
覚えているのは、
「うちは兄弟が多くて、貧しかったなぁ」
そのくらいです。
記憶の断片はあるのですが、どこか他人の人生を見ているような感覚なのです。
では、なぜ僕は引きこもりにならなかったのか。
今思う答えは、とてもシンプルです。
自分が辛い状況にいることすら、よく分かっていなかったから。
そして、母が自由放任主義だったことも大きかったのかもしれません。
振り返れば、僕はたくさんの不自由を抱え、周囲から白い目で見られることもありました。
でも、その多くに気づいていなかった。
だからこそ、前を向いて歩けたのかもしれません。
もし当時の僕が、今のように周囲を気にする性格だったら、きっと引きこもっていたと思います。
人生を振り返ると、本当にたくさんの人、出来事、環境に支えられてここまで来ることができました。
すべての人、もの、そして環境に感謝です。