私の実家は田舎で自動車整備工場を営んでいます。


兄弟は弟が二人居て、おかん(母)が経営し、


弟二人がエンジニアとして働いております。


イメージ的には川崎の下町にある中小企業の工場って感じの家です。


いやー・・・・


しかしまぁ、おとん(父)が私が高校3年の時他界したので、その後何度つぶれそうになったか・・・(笑)


特に近所にオートバックスが進出したときは数年間赤字でした。


その後家族一丸となっての企業努力により返り討ちにしてやりましたが。


私が大学で経営学を専攻し、特に戦略論にのめりこんだのは、私がおとんの工場の為に何ができるか考えたのがきっかけだったように思う。


なんとか田舎の特性を活かし、大手チェーンが撤退するまで必死でした(オートバックスの人ごめん)。


(うちの実家は単なるオイル交換だけでも車のクリーニングを無料でやったりします。とにかくサービス精神はすごいです)


私は実家では変り種でした。


兄弟は二人とも整備士の学校卒で格闘家(上の子は柔道3段、末っ子は極真空手黒帯)


で、おとんに至っては体操選手だったらしく、よく小学校の鉄棒で大車輪を披露、


エンカン服(いわゆるツナギ、エンジニアの作業服)で放課後児童達に運動教えてました


今思うと非常にボランティア精神旺盛な地域参加型の父でした。


なのに私は


吹奏楽→オーケストラの指揮者


そして読書好きという一人だけ文科系


兄弟で一人だけ大学進学し、そんな私を弟達は


「まだ勉強するんかいな・・・」


といったものです。


今思えば親は学歴コンプレックスがあったらしく、


一族の中で久々にでた”お勉強のできる子”


を進学させてやろうと思ったみたいです。


そんな訳で大学の卒業証書をおとんの仏壇に供えた時にはちょっぴり涙でました。


なんか書いてるうちに長くなったので続きは又・・・