・・・キミノカラダヲオクレッ!
子供の頃、この星でダーカーに襲われた。
バテルと共にこの村に滞在していたある夜、ふと不思議な声に導かれ、俺は森の中をさまよった。
そしてその先にある遺跡のような場所で、声は体をよこせと鋭い凶器を見せた。
怖かった。
まるで子供をこっそりと誘い出すピエロのように優しい言葉で連れ出したかと思えば、本性を見せて襲い掛かる。
『寝ない子はお化けに連れて行かれるぞ』と、脅かす為の御伽噺のようなシチュエーションだ。
子供心には、そういった演出は一番応える。
大人になった今でも、恐怖が染み付くほどに。
「くそッ!」
頭の方では恐怖を振り切る事ができた物の、体が言う事を聞いてくれなかった。
まるで油汚れのように染み付いた悪夢が身動きを封じてしまっている。
ソードを握る手がガクガクと震える。
強く腕を叩いても、染み付いてしまった恐怖は振り落とせない。
「アッシュ!」
マトイが堪らず駆け寄り、俺の腕に手を添えてくれる。
彼女の纏う柔らかく、優しい気配が、体の自由を奪う恐怖を押さえ込んでくれた。
「すまない。大丈夫だ」
「でも……」
「そうですよー。私はちーとも怖くありませーん! アッシュさーん、仲良くしましょうよ。可愛い彼女も一緒に!」
マトイが悲鳴を上げた。
【道化】は突然マトイの背後へと現れ、彼女に抱きつき、頬に下を這わせたのだ。
その悪ふざけと呼ぶには見苦しすぎる行為に、怒りが湧き上がる。
「貴様ッ!」
「うわっと!」
俺は【道化】の顔を目掛けて拳を突き出した。
だが、そこには何もいなかった。
標的を失った拳は宙を切り、から回る。
行き場を失った俺の腕は、頬を舐められ、顔を青くしたマトイを抱き寄せた。
「大丈夫か?」
「う、うん。少し、ビックリしただけ」
「あーぶないあぶない。【親父】さんと比べてまじめに育った分、ちょっと短気になっちゃいましたかねえ? あ、それとも彼女に悪戯しちゃったから?」
「黙れッ!」
【道化】はマトイの傍から消えたかと思うと、既に橋の上に身を移していた。
どうやって移動したのかは見えなかったが、ダーカーの中には瞬間移動をする者もいるし、ダークファルスが瞬時にその場から姿を消す場も見てきた。
おそらく、ワープのような類なのだろう。
俺はソードを鋭く振りぬく。
剣先から放たれた衝撃波が【道化】目掛けて飛んでいくが、またもや奴は姿を消す。
ソードを用いての剣技『ソニックアロー』によって放たれた衝撃波は、誰もいなくなった橋をすっぱり切断する。
ピンと張られていたロープがはじけ、橋は二つに分かれて地面へ垂れ下がった。
「んもー、ダメダメ! リラックスですよーアッシュ君! そんなに肩肘張らずに、お話しましょうよお……」
「ならば、私と語り合おう。【道化】よ」
いつの間にか俺の背後を取り、両手でポンッと肩に手をおいて来た【道化】。
その首筋に、レギアスの『創世』の刃が押し当てられる。
【道化】はオーバーに「あわわわ」と怖がっている素振りを見せ、降参だと手を上げる。
「ヒ……ッヒッヒッヒ……。何年ぶりですかね? レギアス」
「やはり貴様。あの時の【道化】か」
【道化】からの呪縛を逃れ、俺は振り向いて武器を構え、少しだけ肩の力を抜いた。
アークスのトップ、レギアスが未だかつて見せた事のない鋭く、重たい殺気を【道化】にぶつけていた。
抵抗力の弱い物なら、それだけで殺してしまいそうな程の重圧だ。
直接晒されているわけでもないと言うのに、口の中が乾き、言葉を失う。
レギアスの見せる、『本気の殺気』だ。
その為、二人がお互いに認識のある素振りを見せた会話の意味を考える余裕をなくした。
「バテルに振り回されていた頃の青二才だった若者が。いまやアークスの頂点ですか。面白いですねえ……」
「無駄口を聞くつもりはない。貴様は質問に答えるだけで言い」
「うひいいッ! わ、わかりましたよ、何でも答えますよ~。だから鼻はやめて」
【道化】が大きな鼻に刃を押し当てられ、悲鳴を上げた。
「し、質問はわかってますよ。貴方はずばりバテルがこの星にいるとにらんでついてきた。そうでしょう?」
「無駄口は聞かんと言ったはずだ」
「うひいいいいいいあああああっ! あー、やめて、鼻取れちゃう! わかったわかった言いますって。バテルは今……」
「お前の後ろにいるぜ」
その場にいる全員が驚愕した。
先ほどまで姿も形もなかった黒衣を纏った男が、レギアスの背中にもたれ掛かっていた。
「年をとって血の気が多くなったな。健康によくないぜ?」
「バテル、お前!」
振り向いたレギアスの腕をつかみ、巧みに体制を崩し、その体を投げ飛ばした。
「っく」っと苦々しい声を出しながら、レギアスは宙で身をひねり、俺とマトイの前に降り立つ。
「なんだよ。鳩が豆でも食らったような顔だ。俺の顔に、何かついているのか」
俺達は何の前触れもなく突然姿を見せたバテルを見て、言葉を失った。
古いクローズクォーターの上にボロボロのマントを羽織った小汚い姿しか見た事がない俺にとって、今のバテルはあまりにも異質だった。
ルーサー、エルダー、ペルソナ、クラウン。
彼らダークファルスが纏うような黒い服に身を包んでいる。
それが、何を意味するのか……。
「ああ、これか? ちょっと新調してみたんだ。どうよ、似合うか?」
そういって腰に手を当ててポーズを決めてみせるバテルだが、俺達は何も答えることが出来なかった。
俺達が声を失っている理由は、決して服装からではない。
……バテルが纏う、漆黒の気配が真の理由だったからだ。
「バテル……まさか、お前」
レギアスがやっとの想いで声をつむぎ出した途端、彼の体が後方に吹き飛ばされ、巨大な木の幹に叩き付けられた。
体内から無理やり搾り出されたくぐもった声が聞こえる。
マトイが目を丸くした。彼女にも見えていなかったのか。
十数歩ほど離れていた距離を、バテルは一瞬で縮め、レギアスの腹部に蹴りを叩き込んだのだ。
「ホレ、よそ見するな」
声が聞こえる。
咄嗟に、俺はソードを頭上に構えた。
その瞬間、足元が地面にめり込んだ。
「っぐ……っく!」
「よーしよしよし。よく受け止めた。えらいぞアッシュ」
バテルは最も得意としていたソードを振り下ろし、満足そうに笑っていた。
俺は彼の持つ剣を見る。
黒いく、巨大だった。
剣と呼んでも良いのか疑わしくなるほど、それはあまりにも雑な創りをしている。
まるで、岩を無理やり剣の形に辛うじて整えたような、そんな外見だ。
「ぐ……ううううう……」
「ほれ、がんばれ。このまま押しつぶしちまうぞ? ん?」
バテルはさらに剣を押し込んでくる。
俺のソードとバテルの剣が纏うフォトンが擦れあい、バチバチと音を立てた。
力には自信がある。
今までソードを主体として戦い、主に近接戦闘を得意としてきた俺は、自身の身体強化と体力を主軸において鍛えてきた。
それだと言うのに、俺の脚はバテルの力に押し負け、ずぶずぶと地面にめり込んでいく。
「どうした? そのまま行くと埋まっちまうぞ?」
「っぐ……おおおおお……」
「ハアッ!」
横から、マトイがロッドを振り上げた。
バテルの剣と俺のソードにぶち当たり、火花があがる。
彼女の渾身の一振りはバテルの剣をはじき、その体を後退させる。
バテルの口からひゅうっと音が鳴った。
「やるじゃないか。マザーシップで見た時よりも、いい目をするようになった。ボウズにはもったいないな」
マトイが杖を媒介にテクニックを放つ。
光の弾丸がバテルに襲い掛かるが、巨大なソードに阻まれ、弾けて空気の中へと溶けていく。
「二代目クラリスクレイスの名前も伊達じゃない。大した威力だ」
「バテルさん。どういうこと? あなたの体から感じるそのフォトン。……どうして」
「そんな悲しそうな目で見つめてくれるなよ。ああ、お嬢さんの思っている通り。俺もダークファルスだ」
バテルはマトイに笑いかけ、言った。
「ダークファルスに、なっちまったんだよ」