わたしの見解。当日は夫に対して腹を立てていた。とにかく夫は日本に馴染もうとせず、日本流をとことん無視する男である。今までも色んなことがあった。その度にわたしが夫の尻拭い(とまで言えば大袈裟やけど)をいつもしてきた。迷惑を被るのはいつもわたし。夫も少しヒートアップしていて、反省している感じには見えなかった。謝ればいいんやろ、はいはい、みたいな感じ。この日の夜はなかなか寝付けなかった(というても寝たけど。自分の図太さに驚くニコニコ)。この先どうなるんやろう、子供たちは大丈夫かな…とぐるぐるぐるぐる考えていた。翌日、夫の態度は変わらず、そこまで悪いことをしたとは思っていない様子に見えた。これを見た時にわたしはもうこの人と一緒にいるのは無理や、もうついて行けないと思った。そして夫に「もう無理や。ついていかれへん」と言った。夫は「離婚したいってことか」と聞いてきたので「うん」とわたしは言った。そしたら夫は「分かったわ。紙取ってきといてや」と怒りながら言うてた。わたしは本気やったから「分かった」とだけ返したが、夫がこいつ本気で言うてると気がついて、はじめてわたしに謝ってきた。「全部僕のせいや。ここに引っ越しを決めたのも僕やし、全部僕が悪い」と少し泣いていた。夫も不安やったけど、気を強く持たないとあかんと思ってたみたいで、強気の姿勢を続けてたみたい。(これが12/24)

この後に不動産屋に2回目の電話を入れたが、27日に出たいけと言われた。


27日まで残り3日。

さて、この先どうするかなと考えたかったけど頭がなかなか働かず、この日は考えれなかった。

夫のお母さんお姉さんはいたって普通で心斎橋行ってくるわぁと2人で出かけて行った。笑

わたしたちもどうしていいか分からなくて、子供たちが公園に行きたいと言うてきたので、みんなで公園に行った。(公園行ってる場合ではないけど)


とにかく住む場所を確保しないとと思い、同じ市内に住む兄に連絡した。家を追い出されることと経緯を説明して、夫のお母さんたちが帰国するタイミングで兄の家に身を置かせてもらえないかと相談した。兄はほんとに心の底から優しくて、困っている私たちをほっておけないと、しばらくの間私たちが住むことに心よくOKしてくれた。


夜は子供たちのためにクリスマス会的な感じで、私たち家族+夫のお母さんお姉さん+私の兄(心配して駆けつけてくれた)で楽しく過ごした(そんな場合ではないのは重々承知)。


この時点で今後どうするかはまだ決まってなかったけど、わたしはメキシコに移住するのがいいのではと若干思っていた(夫がメキシコ人なので選択肢として)。

なぜかというと、日本に馴染めない夫。13,4年日本に住んでいるのに日本語もままならず、全てにおいて私が1人で対処しないといけないことに若干疲れていたのと、夫にもっと父として夫として頼れる漢になってほしいなと日々感じていたから。日本語ほぼしゃべれないからほんとに何もできなくて、しかも積極的に手伝ってくれるタイプでもなく、家族のことを決める時もどこか他人事のような感じになっていたから。そしてわたしから見て夫自身も日本での生活に疲れているなぁと感じていたから。あとはやっぱり子供たちにもメキシコを知ってほしいなと日々思っていたから。

今回のことが起こらなければずっと日本にいたと思う。色々なことが重なって、私的にこれはメキシコに移住しろってことなんかなと逆に思えてきた。


たまたま夫のお母さんお姉さんが来てたから色々話していると、夫から聞いていたのとは全く違うやんとなって、メキシコ移住が現実感まして見れるようになった。夫からはとにかく危ないところやと聞いていた。お姉さんはもちろん日本のような安全はないけど、そこまで危なくない。財布を机の上に置きっぱなしにしていたらすぐに取られたりはあるけど、それぐらいやと言うてた(もちろん地域や場所で違いはかなりあると思う。あくまで夫の地元の話)。そして、夫のお母さんはすでに家を持っていて(若い頃に頑張って働いて働いて手に入れたらしい)もちろん一緒に住んでいいよというてくれた。お母さんはメキシコで夫の弟と2人暮らしなので、夫自身もその辺は心配やったみたい。そして土地も夫に分け与えてる分があるとのこと。初耳でした。夫はフリーランスなのでメキシコでも仕事ができる。同じ金額稼いでもメキシコでは余裕で暮らせるぐらいの金額になるとのこと(日本では日々の生活でいっぱいいっぱい)。お姉さんからも喝を入れられていた。13,4年日本にいて何もないし、何もできないやんかと。メキシコ帰って家建てて家族のためにもっと頑張りなさいと。


夫はこうと決めたら一直線の人なので、メキシコ帰って家建てて車買うわと言うていた。あっけなくメキシコ移住が決まりました。


あっけなく決まったように思うけど、私の中では事あるごとにメキシコの方がいいのではと思っていたので、数年分の想いは詰まってます。