今回は、私が社会人になってから相続相談の専門家となるまでの経緯を書きたいと思います。
1.お客様からたくさんのことを学び、お客様のために我武者羅に働いた最初の4年間
新卒入社したのが「世代を超えて、あなたの資産を守り抜く」をミッションに掲げる不動産コンサルティング会社で、お客様の所有されるマンション・ビルの賃貸管理・建物管理を行う業務からスタートを切りました。
大雨の日には、どこかで漏水が発生するので、現場に飛んで行っては、テナントの方に謝罪して工事の手配をするというのを今も大雨の日は思い出します。
そんな日も、夜会社に戻ると、オーナーレポートが机の上に山のように重なっていてチェックをしなければならない。
土日は空室のバルコニーを掃除しに行くなど、休みなく働いていました。
転機は、お客様の資産組み換え、節税などを行うコンサルティングの部門への異動でした。
そこでは、資産10億円から100億円超の方の相続対策を行っていました。
グループ内の税理士とともに不動産を使った節税などの提案をしていました。
お客様にも恵まれて、経営者として成功し、人間的にも魅力的で、こんな人になりたいと心から思える方ばかりでした。
そこでやっと仕事の醍醐味を理解し、自分がどんな人になりたくて、何がしたいのかが見えてきました。
ただ、サラリーマンをしていると、お客様のためにやりたいことがあっても社内の方針でできないこともあり、もどかしい思いをすることがありました。
当時若かった私は、だったら自分が経営者側になればよいと起業を意識しました。
しかし、営業をやったことがなく、お客様を獲得するという経験も積んでおらず、このままでは、誰かの役に立ちたくてもその誰かがいないということに気づき、営業職への転職を決意しました。
2.助けられる人を増やすために営業を学んだ6年間
転職活動を行って出会ったのが、戸建やビル開発を行う会社でした。
東京都内ではよく目にするオレンジのジャンパーを着て駅前で販売中の戸建のチラシを配っている某O社の出身の社長が独立して間もない会社でした。
まず経験したのは、土地の仕入の営業です。
仕入の営業は何か商品を売る仕事とはまた違う営業でした。
いっぱい買いたい不動産業者がいる中で、自分に売ってもらう。
しかも競合他社に資金力で負けるので、高くは買えない。
そんなジレンマの中知恵を絞り、売るものが出たときに真っ先に声をかけてもらえるよう自分を売り込む営業をしていました。
その後は、小さな会社というのもあり、様々な経験を積ませてもらいました。
元々やっていた不動産の管理を新規獲得したり、士業の知人が多かったこともあり任意売却物件の仲介(一般の仲介業務+債権者との協議)を行ったり、地元関西から東京に状況する知人たちの賃貸仲介なんかも行ったりしました。
ある程度、営業というものの経験を積み、ここで独立をするかと思っていたタイミングで、新卒で働いた会社の先輩と同期が新しく立ち上げた会社に売買仲介を手伝ってほしいと誘われ、最後の1年半は、家を買いたいというお客様に家を売る仲介の業務も経験しました。
これもこれで、また違った営業でした。
それまではいわゆるto Bの営業がメインでしたが、完全にto Cの営業となりました。
プロの求めるものと一般の方が求めるものは全然違いました。
物件のプロフィールとお客様のプロフィールを把握した上で、お客様が満足される物件を探し、契約・引渡しまで満足いく購入活動を行うサポートをしていました。
こうして不動産の上流から下流まで全てを経験し、かつto B営業とto C営業を両方行ったタイミングで、今度こそ独立をと決意しました。
3.独立を決意
不動産において管理と売買の両方をやって強く思ったことがあります。お客様と長いお付き合いができる仕事をしたいということです。
何かをやって手数料や成功報酬を頂いて終わりという仕事ではなく、何かあったらずっと頼ってもらえる、そんな存在になりたいということです。
そんな中出会ったのが相続相談の専門家という職種をされていた方でした。
私はその方に出会うまでは相続=資産という捉え方をしていました。
なぜなら、これまで不動産を介してかかわった相続は、相続税の節税だったり、遺産分割のためや納税資金確保のために現金化する目的で売却に出す不動産という資産だったりしていたからです。
その相続相談の専門家の方は、「心置きなく生ききる人生のプロデューサー」という表現をし、お客様が「心置きなく生ききる」、つまりはお客様が幸せなシニアライフを送るための終活・相続対策を提供している方でした。
私は、その方と話す中で、浮かんだ出来事2つあります。
1つは、1社目時代に行っていた相続対策のとある案件でした。
その方は某有名上場企業の社長・会長を経て引退され、資産規模は数十億円。
不動産を使った節税対策を行い、いい相続対策を行えた自信もありました。
ただ気がかりなことがありました。
それは、数字には出てこない思いの部分です。
このお客様は、お孫さんが生まれるたびに、お孫さんを受取人にした生命保険に入られていました。
ただ、私の会社は、その保険はお金を増やさないもの、そして節税商品としても機能しないものとして、全て解約して頂きました。
正直いい商品ではなく、某金融機関が内容を考えずにノルマで買わせただけの商品でした。
ただ、お孫さんへの思いのこもった保険でした。
しかし、そんな思いは関係なく解約を勧めました。
結果として、お金の面ではプラスとなる提案はしたものの、思いを無視するように感じてしまう提案に、「これでよいものなのか?」と疑問を持ちました。
もう1つは、祖父の死です。
祖父は家族から嫌われていました。
過去の出来事は詳細を知りませんが、家族から嫌われ孤独な生活を送り、最終的には孤独死したという事実は知っています。
一人孫だったということもあり、私にとっては優しい祖父で、亡くなる半年前に会った時も昔話から今どんな生活をしているかなんていうことまで楽しく話してくれました。
そんな祖父が最後は孤独死し、葬儀の場でも悪口を並べ立てられるのを目の当たりにしました。
なんともやるせない悲しい葬儀であったことを今も鮮明に覚えています。
祖父の相続は、遺産分割も揉めずいわゆる「争続」ではありませんでした。
けれども、幸せな相続とは思えませんでした。
それはなぜなのか?
それは、旅立った人間と残された人間のお互いの感謝の気持ちや愛情がどこにも表現されていなかったからです。
もし、家族に向けたメッセージがあれば、お互いに感じたものが変わったのではないか?
メッセージは家族会議を開いて自分の口から伝えるのかもしれないし、手紙かもしれないし、遺言書かもしれないし、保険金かもしれない。
そんな祖父の相続を回想しながら、こんな悲しい相続を無くすことができるのだとしたら、そんな価値のあることはないのではないか?と強く思いました。
こんな2つのエピソードを回想し、私はその相続相談の専門家の方のやっている相続ビジネス塾を受講して手法を学び、相続相談の専門家になろうと決意しました。