以前、小児科医として、育児をするお父さんを応援する内容で簡単な講演をするように、と依頼されたことがありました。
そこで、こんな話をしました。
(科学の話が多くて少々難しいし、長いのですが...)
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先日仕事で母校の大学に立ち寄ったときに、大学時代の友人Nと再会しました。
Nと会うのは大学を卒業してから初めて。約7年ぶりの再会でした。
学生当時、遊び人でちょっとだらしなかったところのあった彼。
今は非常に落ち着きがでて会話は知的でユーモアを増し、懐の深い魅力的な人物へと変貌していたのには、正直驚きました。
どうやらNは3年前に結婚し、一昨年長男が生まれたとのこと。
奥さんは育児休暇後に仕事を再開したとのこと。
家事はお互い分担し、Nは現在なれない育児を頑張っている様子でした。
夫婦も円満のようでなによりでした。
ここで話は一旦それますが、
ヒトの脳の高次機能の中でも、最も高度な機能を司るのは
前前頭皮質という部分です。
前前頭皮質という部分では、感覚から入力された情報を統合したり、論理的に思考したり、感情を規制したり、などの高度な精神活動を司っています。
(ちなみに、最近はやりの「脳を鍛える」ゲームは、この前前頭皮質を活性化させることを狙って作られているようです。実際、認知症のご老人の認知力が改善することがあるようです。)
米国国立精神衛生研究所(NIMH)とカリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(UCLA)が2004年に発表した研究では、この前前頭皮質は脳の中でも最後に成熟すること、青年期まで完全には発達を終えないことが明らかにされました。
原著論文つまり、脳の中でも最も高次な機能を司る部分といえるでしょう。
さて、本題ですが、プリンストン大学の研究チームが2006年に発表した所によると、ヒトと同じ真猿類であるマーモセットを調べた結果、育児をしているオスは育児をしていないオスと比べると、なんと前前頭皮質の神経細胞のネットワークがより密に増加していることが発見されました。
(参照:Nature Neuroscience - 9, 1094 - 1095 (2006) )
つまり、育児をすることでほ乳類のオスは脳の高次機能がより発達する可能性があるという事です。
ヒトでは前前頭皮質の発達は人間的魅力の発達につながるといえます。
さらに研究チームは、育児をしているマーモセットのオスでは、
バソプレシンV1a受容体という名前のタンパク質が増えていることを発見しました。
バソプレシンV1a受容体とは、バソプレシンという神経ホルモンを受け止めて、ある一定の機能を発揮する役割を持つ物質です。
バソプレシンとは脳の下垂体から分泌される神経ホルモンで、神経への作用としては、「きずな」、「情愛」などと関わり深い信号を伝える働きがあります。
この受容体が増えることで、オスはより情愛深い性格を持つと考えられます。
ヒトでも父親が育児をすることで父親はより家族を大切に思うようになるのではないかと推測できます。
ここでもうひとつおもしろい事実を紹介しましょう。
ほ乳類のうち、つがいの結びつきが強く両親で子供の世話をするものは5%にも満ちません。
例えばヒトに最も近いと言われているチンパンジーは乱婚型(オスが不特定多数のメスと交尾する)です。
比較してゴリラは一夫一婦型です。
ネズミではアメリカハタネズミは乱婚型で、プレーリーハタネズミは一夫一婦型というように、遺伝的に近縁の生き物でも種ごとにつがいの形態は異なっているのです。
実はプレーリーハタネズミではバソプレシンV1a受容体の発現量が乱婚型のアメリカハタネズミよりも多いことが分かっています。
さてここで、アメリカエモリー大学の研究チームが興味深い研究成果を発表しました。
乱婚型の性質を持つアメリカハタネズミのオスの脳にバソプレシンV1a受容体の遺伝子を通常より多く発現するように導入した所、なんと本来乱婚型であるアメリカハタネズミのオスが一夫一婦制をとったのです。(参照:Nature, vol. 429, no.6993 June 17, 2004)
V1a受容体遺伝子が導入されたアメリカハタネズミのオスは、以前のように不特定多数のメスの後を追いかけることが無くなり、パートナーのメスと寄り添いようにして一緒にいる時間が2倍以上長くなることを研究者たちは発見しました。
ちなみに、前述した乱婚型のチンパンジーと一夫一婦型のゴリラもそれぞれバソプレシン受容体の発現パターンが異なっており、ハタネズミの場合とそっくりなことが分かっています。
ここまでを要約すると、
父親が育児に積極的に参加すると、前前頭皮質の神経ネットワークが発達し、自分の「脳を鍛える」ことにつながる。そして、バソプレシンV1a受容体が増加することで、妻とこどもへの愛情も深まり、浮気をしたいとは思わなくなる!(かもしれない)のです。
ヒトでの研究ではないので、あくまで推測ですが...
そういえば、独身の男よりも家庭を持っている男の方が魅力的にみえることってありませんか?
そんな魅力的な既婚男はきっと育児経験が豊富なのではないでしょうか?
冒頭に出てきた友人Nも、まさに育児によってより魅力的に進化した一人なんだろうなと勝手に思っている次第です。
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僕が見聞きした範囲に限った話ですが、
実際欧米のお父さん達は、育児や家事など、本当に家の仕事をよく手伝っています。
しかも楽しそうに。
スウェーデンでは、こどもが病気になって病院を受診しているのにそのお父さんが普通に働いていると、職場の同僚や上司から「なんでおまえはこんな時に働いているんだ。父親としてこどもを見舞いに行かなくていいのか」、と逆に怒られるくらいです。
これはお父さん個人の問題と言うよりは社会の成熟度でしょうか...
でも、日本のお父さんを代表してヒトコト言わせてもらうと、日本のお父さん達も、昔に比べると育児や家事を手伝うようになってきたと思いますよ。
言い訳をするようですが、欧米のお父さん達と比べて、日本のお父さんは仕事時間が長いのが一つのネックなのです。
女性の社会進出もますます進んできていることですし(女医さんも増えてきています)、
これからは、男性のみが過剰に働く時代ではなく、
男女がともに、ゆとりをもって働く時代になっていくといいですね。