大学の卒業旅行で、イエメンに行った話です。


医師の国家試験を終えてから、
合格発表までの1ヶ月間、
現実逃避気味にイエメンに旅立ちました。
本屋で「地球の歩き方」を立ち読みして、
当時、最も刺激的で現実逃避には最高の場所と思われたのが、アラビア半島だった訳です...


イエメンでは、
大使館の職員の方々には大変お世話になりました。
西暦2000年の時点では、イエメン滞在中の日本人は限られており、
幸運にも滞在中は、大使館職員の方々や、
日本のODAで国際協力されておられる先生方と
お食事など、共にする機会がありました。

実は、ひょんなことから、
この滞在中、
レンタカーで砂漠を横断中に知り合ったマレーシア人留学生の紹介で、
イエメンのムスリム学校を見学させて頂きました。
彼らの礼儀作法や文化から礼拝方法などを教わっているうちに、
自然とイスラムの洗礼を受けることになり、
畏れ多くも、「アブドラ」という洗礼名まで授かりました。

この学校は
遠くはマレーシアやインドネシアから、
イギリスやアメリカまで、
世界中のムスリムの学生達が集う、名門のイスラム学校ということでしたが、
200人程度のムスリム学生の前で、
「日本人の自分はいかにしてムスリムになったか」、という講演を
(アラビア語の通訳を介して英語で)
行うことになってしまいました。

いかにしてなったか、と言っても
見学にきたつもりがいつのまにか洗礼をうけることになっただけなのですが、
その学校の、清潔で非常に心地のよいアットホームな雰囲気と
学生さんや子ども達の
正直で純粋な笑顔に魅せられてしまったためでしょうか...

この話が、当時のイエメンの新聞に載ったようで、
「日本人学生がイエメン滞在中に
ムスリムの洗礼を受けムスリム学校で講演した、という記事が掲載されたが、
ひょっとしてお前のことではないのか」、と、
大使館の職員の方々には、大変ご心配頂きました。


我ながら、随分無謀な卒業旅行だったと反省しておりますが、
先入観とはいかに当てにならないか、ということを実感した旅でもありました。

その後の9.11テロ以降、不幸にも、欧米とムスリム社会との関係はますますsensitiveとなってしまいました...
旅行当時、日本人としての私の先入観は、イスラムというと原理主義やテロリストのイメージでありましたが、そんなムスリムの人々が、イエメンでの経験を通して実際には非常に誠実で純粋な人々も多いことを実感した旅でした。

今でも、食事の前には「ビスミッラー(神に感謝)」と欠かさず唱える毎日です。
そして、
今まで、行く先々の国々で、なかば状況に流されるままに
(知り合った人に誘われるがままに)
カトリック、プロテスタント、イスラムの順に、それぞれの洗礼を受けてしまった
罰当たりな私ですが、

それぞれの国々で、個々の人々は本当に善人が多く、
宗教の枠を越えて、いつかお互い分かりあえる時が来ることを
切に願う次第です。
医師の過労死は、
現実として、いままでほとんど認められてこなかったという話です。



過労死医師の労災認定 残業100時間、当直3回

記事:共同通信社
提供:共同通信社

【2007年2月23日】

 北海道の名寄労働基準監督署が、2003年に死亡した道内の小児科医の男性=当時(31)=の労災を認定していたことが23日までに分かった。月100時間を超える過労が原因として遺族が申請していた。

 申請を担当した弁護士によると、医師の過労死認定は全国的に珍しいという。

 弁護士によると、医師は02年10月から03年9月まで道内の公立病院に勤務。同年10月に民間病院に移って6日目に自宅で死亡した。死因は心原性ショックだった。

 遺族によると、医師は小児科外来のほか、救急外来も担当、月3回の当直勤務があり、死亡する前の1年間の時間外労働は毎月100時間を超えていたという。

 業務と死亡の原因となる疾患の因果関係を認める基準について、国は「発症前の2-6カ月間、月平均80時間を超える時間外労働」をしていたことなどとしている。



小児科当直勤務の実態は、
一晩中ほとんど眠れず、all night fever。

しかし、医師の過労死裁判では必ずと言っていいほど、
当直勤務は寝当直扱いで、当直中の労働は時間外労働には加算されんのです。

そんな状況で、月3回の当直勤務と月の時間外労働が100時間超という勤務実態で
過労死が認められたことは、我々小児科医にとっては朗報。
今までも(おそらくこれからも)労働基準法をものすごく違反した勤務に甘んじているのは、
全国の小児科医の自己犠牲精神以外の何者でもありません。

ちなみに、
北米では有名なカナダのトロント小児病院の救急外来(emergency department)は、
完全1日3交代勤務(8時間仕事をしたらoff!)です。
ここには僕は一時期留学したことがあり、当時大変うらやましく感じました。

日本の小児科医は、カナダでいうところの4勤務(32時間)を連続ぶっ続けで
勤務するのが日常なのですから。

国民が負担する医療費が、北米と比べて圧倒的に少ないことと、
小児病院への寄付金が、
トロント小児病院では、それこそマスメディアを通じたPRもあり、
莫大な金額なのですが、
日本ではほとんどみられないことなど、
世知辛いですが、日本の小児医療はお金にならないのが原因です。


現在勤めている病院では、研修医の当直は月4回程度。
僕クラスの中堅医師は月8~9回の当直が日常ですが、
同僚の40代ベテラン小児科医の中には平均月13回も当直している猛者がいます。
彼らは病院の幹部なので、研修医を守ることはあっても、自分は犠牲にしているのです。
そのため、自分たちの当直回数を増やして、
研修医達の当直回数は最低限に減らしています。


まあ、そういっても医療の現場では、医師だけではなく皆が大変。
救急隊員って、連続24時間勤務が日常って知っていますか?
命を救う仕事に就くということは、本当に自分自身も命がけです。

「俺、
別に何もしていないのに。
変な期待ってやつ?
よく、みんなから誤解されちゃうんだよな...」

僕がα波なら、
そうひとりごちるところです。


「高周波で頭が良くなる!?」TBS、番組ねつ造か?というニュース
↑2月3日に放送されたこの番組、
当直明けでボーとしながら、
僕もたまたま見ておりました。

テレビ:「高周波を聞くとα波がでる!」
僕:( ̄* ̄ ) ふーん。

テレビ:「α波がでると集中力と記憶力が増す!」
僕:(@ ̄Д ̄@;) ぽかーん。

テレビ:「そして頭が良くなる!」
僕:(σ・∀・)σ おいっ


日本中の神経専門医が、
ここで
いっせいにつっこんだことは想像に難くありません。


むずかしい話はしませんが、
ヒトが「集中する」と、
脳波では「β波」という早い波がでます。

では、α波がでるのはどんな時?
それは、
ヒトが勉強に飽きて、
「目を閉じて、ぼーっと何も考えていないとき」
です。

別に、モーツアルトを聴かなくても、
脳波室に入って目を閉じれば、
すぐにふつうに簡単に
きれいなα波が出現しているのがわかります。


断じて、
集中力や記憶力とは
関係ありません。α波。



さらに言うと、
「α波がでるからどうこう」
ではなく、
「どうこうするからα波がでる」
なのです。

つまり、ヒトの行動によって脳波が出るわけで、
脳波に支配されているわけではない
ということです。

脳波って
しごく基本的なことがしごく誤解されており、
その誤解を悪用した
詐欺か
という商品が世の中に無数にあります。
とてもいちいちつっこむ気にもなれません。

しかし、テレビの影響力は大きいので、
当該テレビ局さんには猛反省して頂きたいものです。





高周波を聞かなくても、
確実に、こどもが頭の良くなる方法があります。



たくさん勉強することです。



もうひとつ。

お子さんが小さいうちから、
朝、光を十分に浴びて(太陽でもライトでも)、
日中、思う存分に活動し、
夜、早く寝る。

これで、発達神経学的には、
セロトニン系という神経回路の発育が促進され、
確実に「頭が良くなります」。
こどもの早起きを勧める会
↑おすすめサイト
こんな質問はもう時代遅れになってしまいました...

二十一世紀の今を生きる、
ipod世代の中高生ヤング諸君には信じられないでしょうが、
僕が中高生の頃はもっぱらカセットテープでした。
CDウォークマンなど、持っていたヤツは当時かなりのブルジョアジー。
技術の進歩に素直に万歳!

今や小さなipodに何千曲もの音楽を持ち運べる時代ですが、
あえて、無人島に一枚だけアルバムを持って行くとしたら...


Seal
Seal 1994
↑1994年当時、僕は
狂牛病と人食いバクテリアが流行していた
英国に住んでおりました。
(当時の英国に住んでいたおかげで、
僕は今でも日本で献血をすることを禁じられております...)
当時、
コロンビア人のルームメートから
バースデープレゼントとしてこのアルバムを頂き、
1曲目から衝撃!
13年後の今でも、愛聴しています。


白井貴子
COSMIC CHILD
↑中高生の頃の僕のアイドルでした。
札幌のライブハウスで、
人生で初めて行ったライブ。
このアルバムのテープは文字通りすり切れて、
テープが切れるまで聞いていました。


今の自分の音楽の趣味は、
青春時代の趣味とはかなり宗旨替えしておりますが、
もし無人島に1枚だけアルバムを持って行くとしたら、
自分の人生に長くつきあってくれ、彩りを与えてくれた、
前述の二枚のどちらかで悩むことでしょう。
3年前から愛用しております。
【photocinema】
photocinemaのサイト

このパソコンソフト、
デジカメやケータイで撮った写真を、
映画のワンシーンのように音楽に合わせて
お洒落なモーションエフェクトをつけて編集でき、
DVDに記録します。

操作は簡単ですが、少し慣れると
字幕を効果的に組み合わせることで、
メッセージ性の高い「photocinema」が作れます。
例えると、あなたの撮影した写真が
映画紹介のプロモーションビデオの様になります。

親族や同僚の結婚式、
送別会や、病院各科の「○周年記念式典」まで、
最初はクチコミで依頼されていたのですが、
この3年間で12本のphotocinemaを作成するに至りました。
...大好評!...

様々なライフイベントの幹事をされる機会が多い方は、
是非おためしあれ。





デジタルステージ
LiFE with PhotoCinema 2 Plus Windows版



デジタルステージ
LiFE with PhotoCinema 2 Plus Macintosh版
バロットの食べ方
↑フィリピンの夜の食べ物、バロットの入門サイトです。

ぶっちゃけて言うと、
孵化直前のアヒルのひよこをそのまま胎盤付きで食べる、
非常に精がつくと言われる、
フィリピン版「夜のお菓子...」です。

フィリピンの片田舎では
ダンディな屋台の親父さんが、
日本での焼きイモの感覚で、カジュアルに行商しています。

wikipediaで調べてみると、中国やベトナムでも食されているとか。
wikipedia:バロット

そして日本でも!?
本当に上野のアメ横で売っているのかしら...

ちょっとかわいそうなのですが、いかんせん美味...

罪悪感を感じながらもおいしく頂いてしまった、
禁断の味。

↑端っこに僕がいます。



フィリピン
僕の第二の故郷です。


フィリピンには10年前に初めて訪れました。
大学の先生に紹介されて、
フィリピンの助産師さんの家庭にホームステイしたのがきっかけです。

この家庭は、今では僕の第二の家族です。
この家族は日本にも縁があり、
三代前が日本人の「カンバラ」さんというご老人だったそうで、
その後スペイン人とフィリピン人の血も混じり、
おなじ家族でも先祖の血の濃さによるのでしょうか、
人によって顔つきが全然違うのが不思議でした。

ちなみに僕の膝元にいる女の子も、
見た目はほとんど日本人ですが、れっきとしたフィリピン人です。

フィリピンにはのべ半年ほど滞在しておりました。
長く滞在するにつれ、フィリピン人のメンタリティーがスタンダードになり、
時々出会う日本人に違和感を覚えるほどでした。

あのままフィリピンに滞在していたら、
今頃僕はフィリピン人に帰化していたかもしれません。
それほど心地のよい国、人々でした。


今でも、フィリピンの家族の近況を楽しみに、
僕は遠く離れたここ日本で生きております。

おかげさまで
タガログ語が少し話せるので、
フィリピン人の患者さんには
多少親しまれているのが幸せです。
金田勉三って
誰?

ごもっとも。

金田勉三とは、
2003年に放送された、
名作ドラマ
「僕の生きる道」で、
無難な28年間の人生を生きてきた
主人公の生物教師、(SMAPの草彅君演じる)中村先生に、
余命1年を宣告する、小日向文世さん演じる外科医です。


この金田先生、架空の人物ですが、
医師としてのひとつの理想像なのではないでしょうか?

金田先生は温厚でユーモラスな人柄です。
それ故、患者さんからも同僚の看護師からも慕われていますが、
なにより感銘を受けたのは、
先生が、医師として、言うべき時に言わなければいけないことをはっきり言う姿です。


草彅君演ずる中村先生は、
若くして、悪性の胃ガンの診断を告知されます。
中村先生は取り乱します。
そして、「検査の取り違えなのではないのですか」と食い下がります。

金田先生ははっきりと言います。
「それはない。
あれは、君のものだよ。」

中村先生はそれでも信じられません。

「僕は別に大きな成功とか、そういうことを望んだことはありません。
ただ、毎日を平穏無事に暮らせればいいんです。
そりゃあ、小さなことはいろいろとありますよ。
でも、大きなトラブルは一度もなくここまで過ごしてきたんです。
そんな僕が、こんな目にあうはずないんですよ。

おかしいと思いません?
こんなの不公平ですよ。
これは何かの間違いなんです。
そうですよね、先生!」


取り乱した中村先生に対して、金田先生はこう言います。
「そうだね、君がそう思うなら、間違いかもしれない。」

「でも、確かなことがひとつだけある。
それは、君が今、生きているということ
今、生きていることには間違いはない。」




人は、不幸を告知された他人に対して、
時に根拠のない慰みの言葉や
不用意な同情の言葉を、発してしまいがちです。
しかしそれは、本当の意味では、その人を救う事にはつながらないことも
覆おうにあります。
金田先生は決して同情や慰みを押しつけることはありません。
しかし、患者さんの気持ちを無碍に否定することもしないのです。
もし僕が中村先生の立場であったとして、
この場面で
主治医にこの言葉を言われたら、
残りの人生の過ごし方が少しはかわるかな、と思いました。




この後、
中村先生は自暴自棄になり、追いつめられ、自殺を試みます。
しかし、すんでの所で命を助けられます。

中村先生は金田先生にこう言います。
「僕は・・・自分で死ぬこともできないんですか」

「....ああ、そうだよ。」

「僕の命ですよ。
どうしようと勝手じゃないですか!」


「.....君に自分で死ぬ権利なんかない!」

そして、金田先生はこう続けます。
「ついさっき、僕の患者さんがひとり亡くなったよ。
一ヵ月後に娘さんの結婚式があってね。
...なんとか一ヶ月、
あと一ヶ月でいいから生きたいって、最後まで言っていた。
...僕はそういう人を何人も見てきたんだ。

気持ちが安定するまで入院してもらうよ。
僕には君の残りの人生を支える義務があるから。」


この金田先生、
この後もずっと最後まで、
心身共に中村先生の大きな支えとなります。


ひょうひょうとしてユーモアがあり、人を和ませる人柄、
そして、医師としての職務を真摯に全うする金田先生の姿を、
僕は今でも尊敬しているのです。


僕の生きる道 DVD-BOX (デジパック仕様セット)
苦!

初めてビールを飲んだのは、いまよりずっと若かった頃。

あれ?
ある日突然ビールがおいしくなりました。
そうなると、
なぜか、甘いものは欲しいと思わなくなる。

辛党に入党した瞬間です。




山形県大蔵村の「南蛮味噌」
大蔵村:南蛮味噌へのリンク


南蛮味噌の中でも珍しい、赤唐辛子から作られています。
辛党にはかかせない一品。

この味噌を、きゅうりにつけたり、銀だらにのせて焼いたり。






世界は広し。
スコットランドには「ハギス」という、
究極の辛党好みの肴があります。
少しおそろしげな材料(羊の肝臓や心臓や腎臓や豚の血など)を混ぜ合わせて
詰め物にした一品ですが、

スコットランドの純真な少年少女達は
心の清らかなヒトが満月の夜だけに見ることのできる、
ハギスという動物の肉だと信じこまされています。
原宿で。
友人のフォトグラファーのトークショーに行ってきました。

世界中を旅する彼が、
わずか1週間、短い時間を共有しただけの僕のことを
うしろ姿だけで声をかけてくれて、
覚えていてくれていることに感動。
7年ぶりの再会。

僕は彼のゆるーいトークが大好きです。
エチオピアで初めて出会った頃から、
あい変わらず。

あせらず、
ゆったりとして、
心地の良い沈黙がある。
いい感じで時々つっこみ。

ゆるーく
生きる。

今年の僕の目標になりました。

でも、
仕事はしっかり。これ基本。