2021.03.12
今日は続き行こうかな
次の日は土曜日。パブロ
も弟君
も昨日のストレスが溜まってダウン
やっぱりね
わたしひとりの出勤となりました
Dr.
から
Dr.
「とにかく何でもいいから薬問屋に電話かけてみて
」
と言われて半端
「やってるわけないよ、社員の出勤もままならないんだから。」
と思いながらも、
おふたりが
徹夜かけて今後の対応を話し合った
行動
力の凄さに感銘、ガテンだ

調剤そっちのけで数カ所かけまくり
やっぱりね、全然出ない
時々大きな余震が来る。
数カ所かけたのちにやっとスズナリ社だけ出たんです。
まぐれで出たか
と思ったのもぬか喜び
倉庫のコンピューターが壊れましてね、
それで総動員で瓦礫の掃除と修理ですわ
」
Dr.
「仕方ないわねえ
」
これでわたしは災害時にはダメもとでもトライするってことを学びました
レントゲン科のHさん
は中学生で本家のある新潟に帰ってるときに
揺れと津波と昭和石油タンク百機の大爆発で、
黒煙に包まれる中で野営した記憶が生々しく残っていて、
いつも「今度は東京だ。」
(理由はいつでも自分が遭遇する覚悟を持ってるHさんが
東京にいるからでしょ
)
と言ってたんですが、今回は東京を囲むように多発してたので
そんなこと言ってるうちにTV
が
「福島第一原子力発電所が爆発しました
」
ありゃー
来るぞ
わたしはチェルノブイリの事故も関心ごとだったので、
それに関する番組も見てきました。
だから、東京が影響受けるまで時間がない
あ~あとうとう被るか放射能
大学での実験で
空気中の放射線量を図る実験があったの思い出した。
当時の機械はガイガーカウンターと呼ばれて、
放射線量の単位もシーベルトではなくて、忘れた
ニュースでは家族やご近所さんと即座に別れて
避難しなければならない人々の悲しみが満ちていました
どこに行くか、再び会えるか判らない突然の別れ。
職場内ではHさん
と職員による自主勉強会が始まった
それまではHさん
は昼間の時間に
怪しい地震研究会に熱中してたですよ。
ナマズがどうしたとか地震雲が出たとか消えたとか
それが急にそのまま
マジな放射能・放射線勉強会に大変シーン


放射線を体に浴びたままにしないための服装や
玄関では払い落とすことなど
教えてもらいました
日曜日は何とか教会
に行けました
でも、計画停電で初めて暗い新宿駅。
その途中で、高架の上から
あちらこちらに青いシートがかかっているのを
初めて目にして、ああ、東京でさえこんな目に合ってる
とショックでした。
鉄道の柱や建物の土台にも大きなヒビが入って。
荻窪南口商店街の石を敷いた道路も
グニャグニャでした
互いに励まし合いました
このときから各地の教会
では、
関東大震災の悲しみの中で作られた讃美歌が
盛んに歌われました
毎日毎日食べてるときも、
お風呂のときもグラグラグラグラ揺れてばかり
ふたりの出勤途中、地下鉄
高架のカーブしたところで
「ただいま緊急地震速報が発令されました。
ここでストップして揺れを待ちます。」
と言われて車両
ごと斜めに傾いたまんま
どんなのが来るの
高架から車両ごとわたしたち落ちて死ぬんか
」
って、みんな黙って待ったときもありました。
その結果は、解りますよね。生きてるもん
地震の9カ月後に
教会
の入り口を囲ってた大家石が余震で落ちた
今日の東京は304人、全国1270人。平行線ですなあ
薬
の治療が必要な副作用ならわたしも去年、
痛み止めのカロナールで経験済みや。
発疹も集まれば浮腫みたいにもなったし。
早く来い来い
新ワクチン
最初に出てきたギザギザなしの葉っぱは
今年の初めまで大変大きくなって枯れて、
ギザギザの葉っぱが出て
、一昨日とうとう咲きました
もうひとつツボミが出てる。
種になったら飛ばないうちに集めて撒かないとね
ここからはね、ナイショです
今日は千葉県医師会にTEL
して手紙
と資料を送りました
主要な所は印刷の原本をとってあるので
あとはその施設に合ったのを足して送ればOK

今はバリケード張られて、警備員が立ってます。
会長は殺人予告もされてます。」

腹を立てる通行人などは選挙人とは見ないのですね
この場合は通行人が暴力を振るうのを
警察が止めた形だけど、
本来は平塚正幸が
新コロ君
の真剣な知らせを受け取って
苦労してる人たちや
彼らの頼りとする主治医を愚弄する活動してるのだから
、こんなのは妨害や迫害とは言いません




