2019.08.18
昨日に比べたら少しは涼しい朝です
これでもパブロ

にとっては熱中症ものだけど。
昨日は埼京線

池袋駅ホームで
熱中症で倒れた人いました。すでに駅員さんが対処してました

「今日は腕が痛まないといいな。」と思ってたのに、
点温膏貼って手のひらが浮腫んだのは
親指の付け根が炎症おこしてたからと判りました。
炎症の場合はその周囲だけは冷やさなければならなかったんですね。
温めちゃった

それで、そこだけ冷湿布のモーラステープ貼って、
あとの部分は温めて寝たんです。
確かに指の浮腫みは治まったけど、両腕の痛みは
うーっ痛ー
(>_<)
両足は強ばって鎧着けてるみたいに重いし、
明日から仕事だけど、
仕事ちゃんと出れるんかいな

そこで、わたしはこれ以上耐えられなくなって、
もしや「試みる者」があなたがたを試み、
そのためにわたしたちの労苦がむだになりはしないかと気づかって、
あなたがたの信仰を知るために、彼をつかわしたのである。
ところが今テモテが、あなたがたの所からわたしたちのもとに帰ってきて、
あなたがたの信仰と愛とについて知らせ、
また、あなたがたがいつもわたしたちのことを覚え、
わたしたちがあなたがたに会いたく思っていると同じように、
わたしたちにしきりに会いたがっているという吉報をもたらした。
兄弟たちよ。それによって、わたしたちはあらゆる苦難と患難との中にありながら、
あなたがたの信仰によって慰められた。
なぜなら、あなたがたが主にあって堅く立ってくれるなら、
わたしたちはいま生きることになるからである。
ほんとうに、わたしたちの神のみまえで、
あなたがたのことで喜ぶ大きな喜びのために、
どんな感謝を神にささげたらよいだろうか。
わたしたちは、あなたがたの顔を見、あなたがたの信仰の足りないところを
補いたいと、日夜しきりに願っているのである。
どうか、わたしたちの父なる神ご自身と、わたしたちの主イエスとが、
あなたがたのところへ行く道を、わたしたちに開いて下さるように。
どうか、主が、あなたがた相互の愛とすべての人に対する愛とを、
わたしたちがあなたがたを愛する愛と同じように、
増し加えて豊かにして下さるように。
そして、どうか、わたしたちの主イエスが、
そのすべての聖なる者と共にこられる時、
神のみまえに、あなたがたの心を強め、
清く、責められるところのない者にして下さるように。
テサロニケ人への第一の手紙 3:5-13 口語訳
ギリシアのテサロニケの教会

にパウロさんが出した手紙です。
今はテサロニッキと呼ばれる街です

だから、パウロさんは心配だったんですね。
相互の愛とすべての人に対する愛、
これはクリ

同士の愛

だけでなく、世の中のすべての人への愛

です。
そして、愛

とは優しさだけではないですよ。
その人を思って叱ることもあるし、
その場合は下手な叱り方しないよう気遣いも必要です。
それだけではない。
ここで言う愛

はもっと
血みどろの愛
と言っていいでしょう。
イエスは言われました

『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、
あなたがたの聞いているところである。
しかし、わたしはあなたがたに言う。
敵を愛し、迫害する者のために祈れ。
マタイによる福音書 5:43-44 口語訳
思う人多いですよね。
でも、ここの人たちはそれを忠実に実行してました。
よく、「自分を傷付けた人との友人関係からフェイドアウトする。」とか、
「スルーする。」とか言いますが、
そんな程度のお付き合いじゃありません
そんなのは
「今までは仲良くしてたその元友人が
今後どんなに辛く苦しい人生歩もうとも、
わたしはいっさい関係ありません。手助けしません。」
と言ってるようなものです。
テサロニケの人々の愛

は、
そんなものじゃあありませんでした
「仲間や家族が殺されようとも、
不当に投獄されようとも、相手を心から許す愛」
でした

現にパウロさんは
イエスに出会う前は教会

の多くの人を意気込んで投獄し、
処刑する人だったんです。
彼らから見れば血も涙もない
悪魔
のような存在、悪魔

ですよ。
普通なら恐怖も憎しみもあります。
そのパウロさんを教会

の人は仲間として迎えたんです。
現在の日本

では良い団体を国家が迫害することはありませんが、
今人を害するとすれば、正しく愛

されなかった人が人を害することは日常茶飯事ですね。
本当に愛

を必要とする人たちは
愛

されて育ってないから、
人を傷付ける態度、言葉があったりします。
揺るがない愛
には
自分が傷付いてもという心と
揺るがない喜びが必要です。
ホントは日焼け防止用だけど、
熱いかなと思ったら案外熱すぎない。
明日痛まないといいな
