2019.03.08
今日はホスピスに入院中のKさん
を
お見舞いに行ってきました。
今までたくさんの人たちを慰め、励ましてきたKさん
、
わたしも出会ってから、毎日電話
で語り合い、
祈り合い、励まされました。
中国人の友人のお母様が中国
で入院したとき、
当時のことだから、「日本で治療したい。」と言ってると聞いて、
わざわざ中国
まで迎えに行ったKさん
、
いくら中国語堪能っていったって、
当時は入国手続きなんか、
アメリカ
に行くのとは全然違ったんですよ

それから、中国での退院手続きも日本
とは丸っきり違ったし。
だいたい、生活の制度自体が丸っきり違う国だったから
何から何まで日本
でのやり方が通じなかったです
そこへ、品川区役所から車椅子
借りて持って行ったんですよ
後で聞いたら、初めての海外旅行だったそうです。
そんな、事情のわからん国へ行って
いきなり患者の転院手続きやってのけたんです。
Kさん
からはどんな困難にも屈しない姿勢を学びました
初めて子宮癌の手術したときは、
手術室から出たところで
お姉さんと執刀医の先生
と3人で記念撮影
膵臓癌になったときは
もともと床屋さん
なんで
、いっそ髪の毛抜けるんならと自分からバッサリ
彼女らしい 
「いやー、苦しいときは何て言ったらいいか、
地獄の苦しみって言うかね
」
なんて言いながら、
「でも、慰めてくださる神様、
生きておられるのが感謝ですねえ。」
と言ってました
わたしが着いたときはお姉さんと弟さんが付き添っておられました
ここからのKさんの様子は
Kさん
自身、
「自分の様子がみんなの励ましになって欲しい。」と言ってるので、
書きますね
食事は困難だろうなと思ったので、
何も持って行きませんでした
Kさん
穏やかな表情で起きていました。
周りの人の言葉はよく聴こえるのだけど、言葉がうまく出ない。
最初はわたしのこと思い出すのに
少し時間がかかったけど、すぐに思い出してくれて、
訪問を喜んでくれました
お姉さんに、Kさん
がどんなに良くしてくれたか、
わたしの入院のときに、
自分も抗がん剤治療の副作用で苦しいのに
見舞いに来てくれたことなどお話しました
そうしているうちにMさん、Sさん、Tさん、Uさんやって来た
小さな写真集と楽譜
と桜
持って。
写真集はKさん
の病気が再発して抗がん剤治療が始まって、
まだ動けるうちにと
Mさんたちが支えて一緒に旅行したときに撮ったものを
Mさんが編集してくれたんです。
Kさん
の記憶がみるみる甦りました
あれも楽しかった
これも感動した
言葉が不自由だけどKさん
自ら思い出したものもありました
そうか、今は写真が一番楽しめるんか
今度は写真いっぱい持って来ようっと。
Kさん
はやっと出る単語を駆使し、
身振り手振りで会話です。
一方では、彼女たちの持って来てくれた讃美歌
は
Kさん
の生涯の恩師が作詞したものも
Kさん
「難しい。
言葉遣いが日常語でないと理解できない。」
(Kさんの心の声)
とのことでした
脳梗塞はそういう症状が出ます。
今までは体が弱っていてもできたこと、
苦しくてもしゃべれた。
ゆっくりとでも動けた。
それらがぜーんぶできなくなって、
数日前から食事もとれなくなりました
そして、いくらかの記憶も失って、
Kさん
がそれでも穏やかでいられるのには
正直驚きでした
でも、新聞
だけは読めた
さすが、国内外の社会問題に通じたKさん
らしい
Kさん
「いやー、横の印刷と小さい文字が読めないですね
」
(Kさんの心の声)
お姉さん、「小さい時は文字が縦が当たり前でしたからねえ。」
途中からは、わざわざ埼玉から単独で来てくれた
Sさんも加わって大所帯
最後はみんな口々に
「謝謝(シェシェ中国語)
」「再見(ツァイツェン)
」
Kさん
も「謝謝、再見
」
楽しいひとときでした。
トウキョウ ロースト ムース フォーム ラテと
新製品のレモンケーキ
でーす
ラテは中目黒で焙煎したコーヒー豆。
この店のすぐそばです。
コーティングした下がザラザラ飴みたいなんですよ。
その下のカステラもしっぽりと 美味しかったです
スタバ
ってわたしの生活圏では荻窪駅ビルにあるけど、
そこは落ち着けなくて、あまり利用したことないです。

