父
の癌の進行は速かったです。
佐渡
にいながら3カ月ごとにわたしの家に泊まって、
にいながら3カ月ごとにわたしの家に泊まって、大塚にあった癌研究会病院
(略して癌研、今の癌研究会有明病院)で
診てもらってましたが、
そんな矢先、わたしの下腹部から
血がドバドバッ
と出るようになったんです。
月毎に量が多くなっていく。
まあ気っ持ちいい(
)ほどたくさん出る
何だこりゃあ

便器全体が真っ赤に染まったです

聖書
に何十年も下血の病気を患った女性
が
に何十年も下血の病気を患った女性イエスを求めて癒された話出てきますが、
その女性
みたいだと思いました。
とうとうボットーン
と音をたてて落ちるようになったとき、
近くの産婦人科に行きました。
その後、父
はウチの病院
に入院し、
そこから癌研
に診察に通うことになりました。
義父も脳梗塞でウチの職場に入院中。
つまり、ふたりの父親をわたしたち夫婦で看て、
双方にそれぞれの妻が付き添う形でした。
その一方で、わたしの診察が始まりました。
子宮癌かな

ネットで調べても、子宮癌が周期的とは書いてない。
でも、下血は半端なーい
子宮癌ならまっきやー

そんならどないしよ
今考えると、
症状が出たからといっても
人生終わりとは限らないんですがね

神様が天国に迎え入れてくださるのは感謝だけど、
父
がいつも悲しがってる
父
を励ましたい
パブロ
に言いました。
どちらが先に逝くかわからないけど、
院長に言って父さん
と同じ部屋に入院させてもらうわ。」
おれ、死んじゃうよー

」
MRIなども撮りに行って
結果は出血性の子宮筋腫が子宮の内部にできてるとわかり、
東京医大
で内視鏡手術する運びになりました
ホッとしたというか、気が抜けた感じ。
その間に義父が召され、父
は骨転移がわかって癌研
に入院。
わたしは貧血が出てました。
父
は放射線治療で、骨転移でできた穴がふさがって、
痛みがとれたけど、結局周りは進行して、
最後は母
と協力して
民間救急
で癌研
から佐渡
にある佐渡総合病院
まで
波濤

を超えて、一直線
あとはロスから帰国した兄
や横浜から向かった妹
に託して、
わたしは日帰りで東京に戻り、
自分の入院の準備を始めました
わたしの病院
だって、当時は癌の患者さん、
いっぱいいたんですよ。抗がん剤も扱ってたし。
薬剤師パブロ
に多大な負担がかからないよう、
残業残業で入院患者さんの薬を作り上げて、
やっと東京医大にドッボーン
と飛び込んだのでした
人生で初めての入院
実は手術までの間どんなことやるのかも興味津々でした
ところがですね、
入院したお部屋、どんな部屋だったと思いますか
それは
全員、癌患者さんだったんです
若いのに白バンバのように白髪になったお姿は
見るの初めて
彼女はほとんど食べられず、
悲しそうでした
食事をほとんど残して廊下のワゴンに返してたっけ。
治療で治って出られるのはわたしだけ
どうしようかと思っちゃいました。
でも、余計な心配でした
昼間はそれぞれのカーテン開けて、
みんなでジョークなどで励ましあってました
わたしも父
が最後であることを話しました
父が召された連絡を受けたナースさん
が
院内の携帯
を貸してくれました
そのあと、ナースさんのひとり
が
「ご気分どうですか
」と聞きに来てくれた。
「父
を十分看護できたので満足してます。」
と答えましたが、嬉しかった![]()
父
の葬儀とわたしの手術が重なりました。
その時一時外泊されてたご婦人から
「お父様の具合どう
」って聞かれたときは
「死にました。」って言っていいのかわからなくって、指さして、
「
に行きました。」
「あら、上の階に入院されたの
良かったじゃない。」
「もっと
です。」
「もっと上の階
」
「もっと天井突き抜けて、雲
突き抜けて
」
「あら、そうだったのね」
慰めていただきました![]()
手術の終わった当日の夕食は全部のメニューが
ほぼスープ状態。お腹空いたー
だって、手術したところは食べたものが
通る部分じゃないんだから。
あれは手術ごとに説明変えるのめんどくさいから
そう書いてあるだけだから。」
ふたりでパン
を買いに売店に行ったのでした
それにしても、
地下の売店へはエントランスを通って下りて行くのに
外来の開いてない時間のエントランスは暗かったー
しかも、地下の奥の奥だった
パン
をふたつ買って病室へ。
手術したばかりの患者が、同室のみんな、どう思ったかなあ
ナースさん
からチクリと注意受けました。
「今度はやらないでね
」
そのときから16年、副作用で白髪だった女の子
の
副作用から解放された
明るい笑顔見たかったけど、
短い入院中には遂に見られませんでした
「お父さんの具合どう
」と心配してくれたご婦人
、
「薬剤師だったんだけどね(今後復帰の見込みなし)。」
と言った女性
みんな今は空の上なんだろうな
一緒にいたのは1週間ですが、
励ましあったひととき、
みんなはわたしの心に16年間居続けてます。
今も時々思い出す、ありがたーい仲間でした


