勤め先が給料をあげてくれるらしい。


たいした額ではないと言ってしまえば身も蓋もないのだけど、基本的に生活の地味な私には、とてもありがたい。


私は、やれと言われていることをやっているだけで、それ以上のことはなにもしていないので、なんで給料があがるのかがよくわからない。


長く勤めれば給料はあがるはずだ、という類いの発想は私にはない。


給料をあげてもらえるとすれば、あげる分だけの会社への貢献があったということだという気がするけど、そんなものは全くない。


もっともそれで昇給を断るような立派な人間では断じてない。


ありがたく頂戴して、これまでどおり適当に働きたいと思う。


ポルトガル行きの話はもちろんしてある。


当然誰かが私のカバーに入るはずなので、人手不足に拍車がかかることになる。


嫌味のひとつもいわれるのかと思っていたら、かなりおもしろがられているらしく、いろいろねほりはほり聞いてくる。


ほんとに一人で行くのかとか、他にどこにいったことがあるのかとか、このさき何処へ行く気なのかとか。


会社の事務所のパソコンでは、「ポルトガル おみやげ」という検索ワードが頻出しているらしい。


そんな行きたきゃ自分で行けよ・・・。


相変わらず同僚の皆さんは、ネチネチと会社への不平不満をたれているのだけど、私には結構いい会社に思える。


金を稼ぐことも、日々を充実させることも、まずは自分の意志と能力だろう。


はじめに自分ありきだ。


きょろきょろしているからムダに時間がすぎていくのだ。


愚か者め。

ポルトガルのリスボン行きの航空券の手配をした。


ホテルの手配もとりあえず済ました。


ファドの生まれ故郷アルファマに隣接する・・・らしい・・・バイシャ地区に。


中学の時、修学旅行か何かで、バスの中で歌わされるという不足の事態に備えて、喝采でも歌おうかということで手に入れた、ちあきなおみのミュージックテープの中に入っていた歌。


「始発まで・・・」というその歌のほうが喝采より気に入ってしまい、たまに思い出し考え出ししながら鼻歌にしていた歌。


30年後にその歌がファドの名曲だと知る。

アマリアロドリゲスというファドの有名なディーバの代表曲だと知る。


で、その風景を、ファドの風景を見に行くのだ。


もうちょっと先の話ではあるけど。


30年自分の中に潜んでいたメロディを知る・・・というのは自分の中の何かを知るということだろう・・・。


というのは大げさもいいとこか。


これまでの海外はすべてクンダリーニヨガが絡んでいたので、自分の感性にのみに頼ってでかけるのははじめてになる。


行きたいから行く。別に理由はいらんよな。


私が彼の地に立つ頃は、いわしの旬になるらしい。


ワインといわしとファドの旅。


これで行く・・・。


もうしばらくの辛抱。




クンダリーニヨガのティーチャートレーニングが終わったとき、長いこと考えていた「からだ」の問題がひとつ終わった。


終わりというのはないのだけど、ひとつ片付いた。


で、当時は何か作ることをやってみたくてレザークラフトを始めた。


順調とは口が裂けても言えないが、なんとか続いている。


あのとき何か楽器でも習おうかと思ったのだけど、そちらは封印した。


Eddie Vedder というアメリカのシンガーがいて、彼のアルバムにUkulele Songsというのがある。


これが随分気に入ってしまい、室内でヘビロテ状態だ。


ようするにウクレレでSleepless NightsやDream A Little Of Me を歌っているのだけど、そんなにハワイアンぽくはない・・・と思う。


はた!とウクレレという楽器がひらめく。


あれなら邪魔にはならないし、奥は深そうだけど敷居は低そうだ。


おもちゃに毛の生えたようなやつなら随分安い。


おまけにチューナーならiPhoneアプリで手に入る。


他愛のない欲と好奇心が頭をよぎる。


目指せオーバーザレインボー・・・。


どうしようか・・・(笑)

クンダリーニヨガのクラスを自宅開催できる場所を探して、不動産屋に少し出かけてみた。


本当は1LDKあたりが理想なのだけど、弱小運送会社の薄給で喘ぐ身としてはやはり厳しい。


クラス開催などしたところで、軌道に乗るという保証は全くないのだし、経費・・・この場合完全に固定費だ・・・は可能な限り抑えたい。


二部屋借りるというのも考え始めた。


ひとつはクラス用の少し広めのワンルームで、もうひとつは寝食のための安アパート。


共同便所で四畳半とかいうやつで、吉祥寺あたりでも探せば少しはある。


実はそれがなつかしく思えて、妙に心が動いていたりする。


私は純正日本のおっさんなので、フローリングとベッドより畳と布団をこよなく愛する。


四畳半ひとまのくたびれた万年床にひっくり返り、一升瓶を枕にして眠る・・・という感覚は昭和42年生まれのおっさんの歪んだ美意識をそこはかとなく刺激する。


若かりし頃、


「大福餅さかなにしてあんこ口の周りに飛ばしながら、ポン酒たれながしてがぶ飲みするのが楽しいんだあ」


などとうそぶくおっさんがいて、バカじゃねーのと思っていたけれど、自分が目くそ鼻くそな年齢に達してみると、目くそ鼻くそな感性を持っていたりする。


ただしかけている音楽はノラジョーンズなのだけど。


それはともかく、固定スペースでのクラス開催は実現しなくてはならない。


とりあえず先立つものは金、金、金・・・。


協力者求む(笑)

瞑想だの呼吸法だのというと、


「自分と向き合う」


という言葉がよくでてくる。


ならば問う。自分とは何か?


人は洞窟の中で一人で成長するのではない。


自分とは他者とのかかわり合いの中で生まれる。


自分の輪郭は、とてもあやふやなものだ。


だからあなたがあなたと向き合うために、肉体を使う。


肉体を足がかりにしてあなたはあなたを知る。


肉体抜きにしてあなたがあなただと思っているあなたとは、言ってしまえば幻覚に等しい。


と思う。