松岡正剛著「連塾 方法日本Ⅱ」を読み始めた。
「大量の情報を集めて突き合わせるという方法は、いまも私がたいへん重視している方法です。編集というのは、ある閾値を超えるまで大量のものを踏査することによって初めて駆動するものなんです」とある。
私がやってきたことは、少量のものを徹底的に上下左右前後裏表繰り返し、検証するような作業だった。上記の「編集」のような方法があることは知っていたけど、やったことは一度もない。その流れの中でクンダリーニヨガなるものにたどりついた。
しかし初めてクンダリーニヨガなるものについて書かれた本を読んだとき、何百のクリヤとか百数十種類のメディテーションなどという記述を見て笑って放り出した。
そんなもん、どうやって練習すんだい?
と思った。しかし上記の表現で考えるなら、このヨガの練習方法は編集的といっていいか。
当然私もそれを踏襲してきた。しかしやはり自分のやり方を、少量を前から後ろからという形も持ち込んでいる。
ひょっと気付いたことだけど、私は本は読んでも雑誌は全く読まない。
これは編集的方法になじめないということだろうか。
少し自分を知ったか?
良き書物と言葉との出会いだったか?