宿願ポルトガル旅行から帰国しました。


例によって「リスボン滞在記」でも書こうと思っているのだけど、その前に書いておくことがひとつある。


リスボンで宿泊した宿屋のねーちゃんというのはチェックインするときに、私に「英語でいいの?」とたずねてきた。


私は「いえす」と答え、「でもあんまりうまくないです」と正直に答えた。


すると彼女は「じゃ、フランス語にする?」とたずねてくる。


大爆笑したのであるが・・・笑


そんな感じのシャキシャキしたポルトガル人のねーちゃんは、私がホテルをチェックアウトするとき、


「日本や中国の人は言葉がよくわからないからだと思うけど、いつも(箱のようなものを手で作り、たぶんスマホやタブレットや電子辞書のようなものをさしていた)こういうのをさしだしてくるの」


と言い、


「あなたはそんなことしなかったね」


と言い、


「日本語でオブリガード(ありがとう)はなんていうの?中国語ではなんていうの?」


と私にたずねてきた。


その声が、あまりにも悲しそうで、私は一瞬涙ぐみそうになった。


自分の要件を満たすために、スマホやタブレットや電子辞書を突きつけるような真似をしてはいけない。


そんなものをコミュニケーションとはいわない。


まず相手の前に立ち、可能な限り自分の肉声で語るべきだ。


自分が人生で培ってきた、知恵と、経験と、信念を持って、相手の前に立つべきだ。


スマホをつきつけてコミュニケーションを試みるなど、自販機でジュースを買うのと大差がない。


私達の想像以上に私達は彼らを傷つけているのかもしれない。


少なくともリスボンのアルファマの宿屋を切り盛りする一人の西洋人の女性を、我々は、深く、深く、傷つけていた。


可能な限りやめるべきだ。


お願いします。

ネパールで地震発生。


死者は3000人を越えている。


来年行く気でいたのでかなりのショックを受けている。


建物の倒壊もはなはだしく、多くの多くの有名建築物が損なわれた。


あの美しいヒンドゥー寺院を見る機会を、失ってしまったのだろうか。


行ってみたいなと考えていたチュニジアでテロ、行く気でいるネパールで大地震。


広いはずの世界の広さが、いっきに損なわれていくような感じがする。


フェイスブックを見ていると、世界中から支援の手が差し伸べられているようだ。


日本からも救援隊が派遣され、写真が掲載されていて、「いいね」と称賛の書き込みが綴られている。


その書き込みを読んでいると・・・日本語と英語の書き込みぐらいしか読めないのではあるが・・・恥ずかしながら泣けてくる。


我ながら当然のことではあるが日本人だ。


来年ネパールへ行くことはできるだろうか。


復興に進む彼の地を見ることになるか。


苦しみ続ける土地を見ることになるか。


しかしながらヒマラヤの絶景に変わりはないだろう。


はためくタルチョーも変わりはないだろう。


被災者の救援とカトマンズの復興を心から祈る。

おー 華やかなるひとよ。


口汚く罵られることに真実の輝きを見出すというのなら、望みの言葉を浴びせかけよう。


私があなたを華やかなるひととは呼んでも、美しきひとよと呼びかけないのはなぜか?


目の下側に強くアイラインをいれるひとは、かなり顔が変わっているというのを知っているからさ。


初めてお目にかかったとき、あなたは油断していた。


有り体に言えばおばさん顔の地味な女性がそこにいた。


2回目以降のあなたはフル装備だったけど。


しかし華やかなる人よ、私が最も親しみと愛らしさを見出したのは、初対面のあなただったということを書き足しておく。


そして言っておく。


あなたの言う「愛」には前提があるのだ。


それは同じ「つながり」=「集団」の中にいるということ。


あなたは執拗にわたしのつながり、クンダリーニヨガと何やら武道っぽいものを追った。


そしてあなたの膨大な「つながり」の中で私に近いものを提示した。


しかしそれはその「つながり」の中心にいる人間に従えということにほかならない。


私が半生をかけて追ってきたものを無自覚に否定し、同じになれとあなたは言う。


私は私のすべてを否定する、あなたの前提をすべて拒否したので、私達は一片の接点すら持つことができなかった。


あなたは私があなたの笑顔を失ったと言っていたけど、自分のものでもないものを失うことなどできはしない。


どうせ読んではいないだろうし、読んでいても通じはしまい。


でも一応したためておきます。

平日は朝4時半起きなのだけど、今日日曜は4時起きで、おまけに日曜の仕事は平日よりきつく、休憩時間など事実上ない。


で、4時に帰宅してひとやすみする気で横になり、目が覚めたら夜11時だった。


結局今日は、クンダリーニヨガの練習も自分の流儀の稽古もさぼってしまった。


以前はこういう日はかなりの自己嫌悪におちいっていたのだけど、昨今はどういうわけか、たまにはいいかと思ったり、普段ねじはまいてあるさと居直ったり?するようになってきた。


どういうわけだか・・・。



先日書店でナンシーウッド著「死ぬにはもってこいの日」を買ってきた。


プエブロインディアンの古老の言葉をまとめた散文詩?のような本で、大昔持っていたはずなのだけど、紛失してしまい、思い出してまた買ってきた。


この本の舞台ニューメキシコ州のエスパニョーラにはKRIの本部とかいうのがあり、よくフェスの類いが行われていて、いずれ参加する気でいる。


ヨギバジャンは彼の地をとても愛していたとか・・・?


地平線上の朝日と夕日を一目見たいというのは、私の悲願でもあるので、いずれ行く。


北米の荒涼とした美しい砂漠の風景の中に一度立ってみたい。


「わたしを貫いて驀進する川は、清め、言い張る。


ひとつの遠い明かり、ひとつの静かな場所に向かって進んで行けと」


また朝が来るので食べるために働かなければばならない。


「死ぬにはもってこいの日」などとは、無縁の明日がやってくる。

今現在48才だ。


年をとるというのはそんなに悪くはないことだけど、やはり選択肢は狭くなる。


当然のことだ。


例えば、これから結婚などして、こどもなど持てば、こどもがはたちになるとき、私は70才になる。


これはキツいだろう・・・というか実際無理だろう。


やっぱり私は、持てる時間と金のすべてを自分のためだけに使って生きていくしかない。


というよりそうしたい。


我ながら、半分強がりかと思っていたけれど、どうやらこれは本音らしい。


もうしわけございません。


というようなことを書いてしまうのは、憂鬱な夜の雨と、安物の赤ワインと、つまみのさつま揚げと、ひさびさにかけているノラジョーンズのカヴァーズのせいだと思う。


では、明日の休日に向かって眠りに落ちたいと思います。


おやすみなさい。