人と人が別れるときって、
スパっとってわけにはいかないじゃない
サリュウが別れはグラデーションなんて言っていたけど、
くっくいていた分、
ぴっ!とはがした分、虚しくてかなしい、「はしきれ」みたいな、
ぴらぴらしたところができる。
それは、恋人同士だったら、元気?とかいうメールだったり
夫婦だったら、子供の心につく傷みたいなもの。
それって死別にもあって、
人はだんだん死んでいくのだと思う。
うちのママもそうだった。
ご臨終ですって、お医者さんが言ったかどうかは覚えてないけど、
少なくとも、呼吸が止まったときが母との別れではなかった。
ママがつくった最後のご飯を食べるとき、ああ、これが私の人生で最後に食べる「お母さんのごはん」なんだってわかった。
それはもう確実で、それは最後の入院の時にママが私のためにつくり置きして家を出たんだった。
私は気づいていたけど、気づかないふりして、何気ないふりして、レンジに入れようとしたら、落としてしまった。
私はその時、制服を着てた。
プリーツのスカートは清潔だった。
何度か生理で汚してしまったけど、
次の日には清潔だった。
それは、ママの手がしてくれたことだった。
私は昔から比較的、賢かった。
なんでも早くにはじめたから。
でもそんなの、いつまでも勉強の貯金があるわけない、
高校では普通だった。
でも中学受験で相当にいい中高一貫校に行ったものだから
ふまじめに行った大学は楽勝だった。
ああ!無理しなくて良かった!
そう思った。
そのとき、母はもういなかったけど。
思えば私の10代は無理ばかりしていた。
無理することで、高いところにいけて、高いところにいけば、愛されると思ってた。
誰に?
母に?
いまとなってはもうわからない。
大学四年間、私は好きなように生きた。
母からの自由。
そうすると不思議なもので、地震みたいな揺り戻しがきて、
頑張って働いて、身をたてよう!
って気になった。
大学で付き合ってた彼氏と、別れないまま東京に行ったけど、
いとも簡単に別れた。
でも、私は空っぽじゃなかった。
仕事があったから。
私の憧れの広告の仕事。
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