前投稿から1ヶ月の間隔が空きました。
アカデミー賞が終わり総括記事を書き終えると、しばらく燃え尽き症候群のような感覚になります。
今年のアカデミー賞は例年に比べても傑作揃いの当たり年だったと思います。
どの年のアカデミー賞がオススメですか?と尋ねられたら、第98回の今年のアカデミー賞と答えるでしょう。今はまだ熱が冷めていないのでね。
また定期的に更新していきますが、アカデミー賞関連の作品を何作かまだ書いていないので、私の2025年(アカデミー賞は前年に公開された作品が対象)はまだ終わっていないのでしょう。過去を愛しながら未来へ進もうと思います。
話は変わりますが、
先日、江戸川の河川敷を愛車のロードバイクでサイクリングしている際に、鳩に混じって見かけない派手な鳥がいたので近づくと・・高麗キジでした。
(話を変えすぎだΣ(゚д゚lll))
最初は、どこかの施設から逃げ出した孔雀?もしくは烏骨鶏?と思って近付いたのですが、写真を撮ったので後になって画像検索してみるとコウライキジの可能性が高いとコンピューターが報せます。
この旅鳥は東京での目撃例はあれど、少し珍しいそうです。
ちなみにiPhoneで撮影したこの写真、これから語る映画の中で鷹匠をする主人公のシーンがありますが、映画と自分が撮った写真の構図が似ているような気がします。(撮影カメラマンと気が合いそう)。足元にも及びませんが後々に載せる写真と見比べてみて下さい。
撮影場所の江戸川といえば千葉東京間を経て茨城県まで続く利根川水系の一級河川です。
昨年は猪が目撃されましたし、年々泳ぎの得意な害獣の江戸川上陸が増えているようです。
さらに何度か体験したのですが、暖かい季節になると夜は頭の上にコウモリが沢山飛んでいて・・えっ、東京なのに?と結構ビビります。
荒川もそうですが江戸川も、設置している防犯カメラの数が街中に比べるとあまりに少ないのと、街灯も少ないですから夜は真っ暗。
事件が起きると解決まで時間がかかります。東野圭吾先生の小説の舞台になりがちです。
最近はランニングやウォーキングをしている人も黒色の運動着を着て発光物を身に付けずに夜と同化していて、自転車を運転していて黒い物体が現れるので気を遣います。
ちなみに私の服装も上下真っ黒なんですけどね(^◇^;)前照灯・後照灯はしっかり光らせて安全運転を心がけております。
意識しない生態系の発見があるかもしれないですね。
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『ハムネット』
監督🎬
【クロエ・ジャオ】
アグネス・シェイクスピア
【ジェシー・バックリー】
ウィリアム・シェイクスピア
【ポール・メスカル】
長男(双子の兄)ハムネット・シェイクスピア
【ジャコビ・ジュープ】
次女(双子の妹)ジュディス・シェイクスピア
【オリヴィア・ラインズ】
長女スザンナ・シェークスピア
【ボディ・レイ・ブレスナック】
義母メアリー・シェイクスピア
【エミリー・ワトソン】
配給[パルコ/ユニバーサル]
本編[2時間6分]
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アカデミー賞では8部門にノミネートを果たし、そのうち[主演女優賞]部門を受賞されました。
1部門の受賞ですが、映画史に残したインパクトは相当強い作品だと思います。
終わってみれば、今年のアカデミー賞は『ワン・バトル・アフター・アナザー』(13部門ノミネート:6部門受賞)と『罪人たち』(最多16部門受賞:4部門受賞)が賞を独占し「完全に2強の年」になりました。
この先、10年・20年後、2036年・2046年に、今年のリアルタイムを知らない方が結果一覧だけ見た時は、2強の年だと思うのでしょう。
しかし私たちは知っています。特に私は知っています。アカデミー賞2026はどの作品を鑑賞しても強い満足感を覚えたことを。
今から語る『ハムネット』は・・正直アカデミー賞が終わってから、日本で公開されて良かったぁ・・と安堵しています。(少し皮肉も込めていますけどね。)
なぜならば、アカデミー賞公開前に日本で公開されていたら、予想することが好きな私は、かなり混乱していたと思うからです。ありがとう今年のアカデミー賞!さようなら今年のアカデミー賞!
(これから書くんだよΣ(゚д゚lll))
今作品を鑑賞後。
主演女優賞は納得でしたが、もう数部門で受賞していてもおかしくない出来にある、そう考えるに至りました。
特に3部門は大賞に選ばれても文句はなかったのかも知れません。
Netflix映画の『フランケンシュタイン』が大賞を受賞した[衣装&デザイン賞]と[美術賞]の2部門に関しては、相当な僅差での惜敗だったのではないか?
(そうなると『国宝』は次点ではなく、3番手評価くらいだったのかな?・・あくまで個人的な想像です。)
これもアカデミー賞が終わった後に日本で公開されることで生まれる意識です。
そしてもう1部門、[監督賞]を挙げたいです。
私の読者様は頷いて下さると思いますが、
昨年の秋の公開から半年間の記事の中で、何度も『ワン・バトル・アフター・アナザー』を単推しで評価してきて、監督賞を受賞するのは同作を撮った【ポール・トーマス・アンダーソン】だと予想に挙げていました。
作品賞↔︎監督賞というのが「セット受賞」となっているのが通年の流れというのが予想した一番の理由です。
「作品が良いのだから、それを作った監督も良い」となるそんな単純な理屈です。
今年は『国宝』のノミネートの影響もあり、NHKBSで生中継されたアカデミー賞。
『国宝』がノミネートしていなければ、きっとNHKは放送していなかった事でしょう。
ちなみに私自身は『国宝』を書いていませんし、これからも1記事を使って書かないと思いますが、テレビ放送してくれたことに対しては大変に感謝しています。
アカデミー賞の終了から1ヶ月後。今作品が公開されました。
実際にアンダーソン監督が初のアカデミー賞監督賞を獲得された瞬間、液晶テレビの前でバンザイしたのですが・・『ハムネット』を鑑賞した後は・・【クロエ・ジャオ】の方が監督賞に相応しいのではないか?という気持ちになっています。
縁もたけなわ、日本はこれから。
勿論、アンダーソン監督には敬意を表しますし、シルバーコレクターと呼ばれた監督の初オスカーは素直に喜ばしい気持ちです。
ワンバトルは全体的に素晴らしい作品でしたが、ハムネットは部分的に素晴らしい作品に私には視えて、特に才能が突出していたのが、監督と子役の男子だった推します。
長いことハリウッド映画中心の映画評論を書き続けていますが、今年のアカデミー賞は近年稀に見る大激戦だったのではないでしょうか。来年に続く。
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まず今作品の監督からご紹介。
中華人民共和国出身の【クロエ・ジャオ】監督[44]は、2021年第93回アカデミー賞の『ノマドランド』にて「監督賞」を初受賞されています。
98年間のアカデミー賞の歴史において、有色人種の女性初の監督賞です。ちなみに女流監督の監督賞受賞は【キャスリン・ビグロー】など今までに3名の受賞者が存在します。いずれも21世紀になってからの受賞です。
ビグローが監督賞を受賞した『ハート・ロッカー』はアメリカ目線で展開する戦争映画(イラク戦争)ですから、取りやすいと言えば取りやすいジャンルだと思います。
ドラマジャンルで受賞したクロエ・ジャオは単純に技量やセンスなどの評価具合でアカデミー会員を納得させたのだと考えます。
私個人的には、汚い言葉と言いますか・・特に2000年代に入ってから急増している女性のオラオラ言葉が苦手でして、結構引いちゃいます(^_^;)
主演女優賞を受賞した【フランシス・マクドーマンド】が『スリー・ビルボード』で演じた汚く雑な言葉使いの中年女性が強烈で、私的には正直彼女の作品が「何度も見たいと思えない映画」になってしまいました。記憶力には自信があるので語れはするけれど、1度見れば十分な作品。新解釈や新発見も生まれません。
作品賞・監督賞・主演女優賞を受賞した『ノマドランド』はそれを強調するように、作品賞や監督賞に必要となる「インパクト」が表されています。
今作品は逆に何度も見たい作品です。
没入感もあるし、欧米出身の監督だとあまり描かないスピリチュアルの側面もあることから、見るたびに発見があると思うのです。
44歳という若さで「アカデミー賞の常連」になりつつあるクロエ・ジャオ監督は、女流監督という言葉がなくなるくらいの革命を起こしていて、今後の作品が楽しみでしかありません。(個人的にはダコっちゃんを主役にしてアカデミー賞に押し上げて欲しい。)
ではそろそろ始めます。
いつものように作品のリンクを貼らせていただきますが、アメリカや欧州では昨年に公開された映画です。
このような作品が公開された際に多くなりますが、Wikipedia先生は、作品全体のあらすじが事細かく掲載されています。読まれる方はご注意を。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%A0%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
基本的に私は頭の中に収めた記憶を振り返りながら書いていく文章のスタイルです。
物語文を書きながら、プラスアルファその都度、流れを止めて、指摘点や絶賛点などを書き、時には大きく脱線し内容を派生させます。お見知りおきください。
さあ楽しい映画の時間です。
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オープニングのテロップ。
「ハムネット」と「ハムレット」は同じ名前だと念を押すように記されます。
一般的に聞き馴染みがあるのは、シェイクスピア舞台の代表格である『ハムレット』の方だと思いますので、まずこの冒頭テロップで意識付けさせることは効果的に働くでしょう。この先の展開、長男のハムネットが生まれ、「ハムネット!」と名前が呼ばれるたびに、名作の意識が浮かびます。
1580年代。
ストラトフォード、郊外の町。
裕福な家庭で生まれ育った【ウイリアム・シェイクスピア】だったが、父親が事業に失敗したことで一家の生活は困窮する。
(以下、シェクスピア表記←自分的にウイリアムよりシェイクスピアの方が書きやすい)
家の借金返済のため家庭教師として子供たちに言語を教えるシェイクスピアは、その仕事先の養女【アグネス】に目を奪われ、授業を中断しアプローチをかける。
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「森の魔女の娘」。
アグネスは養親や町の人たちから、そう呼ばれていました。
彼女の実の母親は、森の中から突然(今の養親先に)現れ、子供を託し、そして亡くなったのです。
母親の死去後、アグネスを養女にしたハサウェイ家は、10数年間彼女の成長を手助けしますが、主に家の雑務を中心に行わせるなど、実の子供達とは差のある生活を送らせ、アグネスと養母は互いに良く思っていない冷めた関係性です。
アグネスは隙間時間のたびに森の中に入り、鷹匠として鷹を操るなど、「森の魔女の娘」としての不思議な能力やスピリチュアルを受け継いでいる女性です。
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アグネスは家柄や身分の違いなどから交際に至るまでは様々な障害が生じると、一度はシェイクスピアを諦めさせる。
しかし想い焦がれた人への気持ちは日に日に増すばかり。
それでもと、アプローチを続けるシェークスピアに、アグネスは能力を発動し、彼の手相などから未来を読み解く。
そして、私と結婚した場合、彼は、将来大成功する人物となり、自分との間に子供を2人もうけると、この恋愛の未来を知った。
私が受け入れれば、彼は大成功する。子供も授かる。。。
幸せな結婚生活かどうかは分からないが、上記のような未来が訪れる未来を、この時のアグネスは映像として脳内で視た。
こうして彼を受け入れ、逢瀬を重ねたアグネスは、彼の子供を妊娠する。
アグネスの家族は(現代で言う「授かり婚」を)養娘を許さずに勘当し、住む場所がなくなったアグネスは、シェクスピア家に同居した。
(月日は流れ)臨月となったアグネスは、森の中で産気づくと、
樹齢数千年・数百年の木々に囲まれながら、誰の手助けも借りずに一人で初めての子「スザンナ」を出産する。
出産の知らせを(スピ的に?)聞いた義兄のパーソロミュー・ハサウェイとシェイクスピアは森の中に入り、初子の誕生に喜び、妻を労うのだった。
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(物語文の語気を緩めます)
事業が失敗したことにより、シェイクスピア家の生活は困窮し続けますが、
一家の長である父親は、口答えは許さん!という関白主義でプライド高く家族に命令します。
(内容は全然違いますけど、時代が変わり士族から貧困庶民へと変わった流れを見て、朝ドラの『ばけばけ』を思い出しました。)
相変わらずシェイクスピア家は借金苦で、家の男連中は肉体労働をして借金を返済している状況です。
ちなみに借金に苦しむ家庭の様子や、どのくらいの返済額なのか?完済予定や計画性はあるのか?これを知りたかったです。
「家」に対する知りたい情報や具体性はなかったと記憶します。あくまでこの映画の主役はアグネスで、それに次いでシェイクスピアと、彼との間に誕生した(自分が産み落とした分身の)3人の子供たちのエピソード・ドラマの構成になっていました。
話を戻します。
ある日、肉体労働を拒否したシェイクスピアは父親から体罰(鞭打ち)を受けますが、初めて父親に反抗し壁に追い詰めると「もう僕を殴るな、命令するな。」と凄みました。父親は驚きのあまり固まってしまいました。
シェイクスピアのメンタルはボロボロです。今の仕事は僕の進む道ではない。
夫が演劇の道に進みたいことを知っている・成功する未来を知っている妻のアグネスは、
筆が進まずに苦しんでいるシェイクスピアの環境を変えるため、兄のパーソロミューに協力を頼み、「私はあとで向かうから」と、彼をロンドンへ送り出すのです。
こうして妻アグネスはシェイクスピア家に残り、慣れ親しんだ森と家を往復する日々を送り、夫シェイクスピアは家族と離れロンドンで精力的に作品を発表していくのです。
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妻と子供を残しロンドンで単身生活を送るシェイクスピアは、次第に頭角を表し、ヨーロッパで評判の劇作家へと成り上がっていきます。
↑
この劇作家のシェイクスピアの成功過程が展開の中ではあまり紹介されていない事が残念ですが、演出指導などの様子は描かれています。
家族の顔を見に時々帰省する過程の中で、アグネスはシェイクスピアの子供を身籠りました。
(再度月日は流れ)臨月となったアグネス。
彼女は長女のスザンナの時と同様に森の中に出向き1人で出産しようとしますが、外は嵐、外に出ることは危険な天候状態。
シェイクスピアの母(義母)メアリーは、隙あれば森へ行こうとする半狂乱状態のアグネスを必死で引き留めて、「あなたは私たちの家族なのよ」とその都度温かい言葉で説得し、自宅での出産を果たしました。
1人目のハムネットを無事に出産したあと、双子である事が判明し、2人目のジュディスを出産します。
しかし、助産師に死産と判断されました。
それを信じないアグネスが、息をしていない我が子を抱くと、しばらく経て、この世に生まれた喜びを声に出して伝えるのです。
こうして産まれたハムネットとジュディスは非常に仲の良い双子としてスクスクと育っていきます。
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それから11年後の歳月が流れます。
(この映画の展開は分岐点を集中して描くため、数年間隔で展開が移ります。これにより、その成長の途中経過をじっくり描けていないことが私の指摘点になります。)
今やシェイクスピアは劇作家や舞台プロデューサーとして大成功を収めるようになり、欧州中にその名声が轟いています。
ロンドン生活が長くなり、妻や家族の元には時折帰省しますが、その滞在期間はとても短いものでした。
ハムネットとジュディスは非常に仲の良い双子の兄妹で、お互いの服を交換して、帰省した父親を騙そうとするなど、楽しい日々を送っています。
帰省中、シェイクスピアは息子のハムネットに剣術を教え、勇者ハムネットとして自分の留守中の家を頼むぞと男同士の約束を交わし、再びロンドンへ戻っていきます。
・・結局、それが最期の会話になりました。
ハムネットはその後、不治の病とされる流行病にかかり、わずか11歳でこの世を去ってしまうのです。
家族は暗い時の中を彷徨い続けます。夫婦仲にも大きな亀裂が入ります。
それからまた少し時が流れ、アグネスは人伝に、シェイクスピアの次回作が悲劇で、その題名が亡くなった息子『ハムネット』であることを耳にします。
どういうこと? 一体どういうつもり?
そうして生まれてから森を離れたことのないアグネスは、この初演の舞台を観劇するためにロンドンに旅立つのです。
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物語文は以上です。
非常に不思議なカメラワークでした。
ヨリよりもヒキの映像が多く、俯瞰的に状況を映すことに徹しているように視えます。
冒頭のハムネットとハムレットは、同じ名前で意味だと言うテロップもそうですし、
些細なセリフにも意味があるのかな?と思えたので、劇中のアグネスの言葉を多少インプットするよう努めました。
シェイクスピアが、一目惚れしたアグネスにアプローチするシーンで、彼女が(飼っている?)(手懐けているかな)鷹に、触ろうとすると、
「近づき過ぎないで!あなたに慣れてないの。」と口にします。
この口にした言葉が、私には作品全体を通して印象に残りました。このセリフの解釈は読者様であるあなたに託します。
そういう意味で考えると、シェイクスピアは名言や格言になるような事は私生活で言っておらず、普通の「家に帰らない劇作家の父親」と言う印象になり、それ(名言メーカー)を担当するのが、妻のアグネスだったのではないか?という考えに至ります。
人生の出来事や人生観が、彼が作り出した名戯曲に反映していることは、この作品を見るとよく伝わります。
その数々の戯曲には、妻や子供たちが強く影響している。
この作品の、どこまでがフィクションなのか?は存じませんが、私は映画の世界で描かれる情報を知識として受け入れます。
1600年前後。
なにしろ娯楽がない時代です。作家とは言え、想像力だけで書ける話ではないと思います。
アグネスのようなブレインが居たと考えると腑に落ちる点が多々あります。
家族のエピソードを何十・何百倍にも盛って発想したと考えれば、シェイクスピア脳が少し理屈的に理解出来る気がします。
彼女と出会い、もしかすると引き寄せの法則で運命に導かれたと言う構想なのかも知れませんが、彼女との間に3人の子供が産まれた。
(物語の中盤になりますが、文章の流れ上、ここを紹介させて下さいm(_ _)m)3人の子供はスクスクと成長しますが、双子の兄妹の妹が病弱で、当時不治の病だった流行病に罹ります。
その身代わりになるようにハムネットが病気を引き取り、亡くなります。逆に死ぬ瞬間だった双子の片方は、完全に完治します。
ここまで描いてしまうとフィクションになりますけど、冒頭から「森の魔女」として能力を描いているぶん説得力があるので、観客も魔法のように感じて受け入れると思います。
ハムネットは、おそらく母系の能力(血)を強く引き継いだスピリチュアルニストなのでしょう。
結婚前に視た彼女の未来は、夫は事業を成功させ2人の子供がいる、という予知でした。
子供の死という最も悲劇的な体験を経て、その通りになるのですから、あまりに残酷で愛おしい予知だと思いますね。
子供を亡くした親に笑顔はなく、会えば悲しみ合い、すれ違い、別居生活の期間も長くなっていく。
ロンドンで生活するシェイクスピアはどんどん有名になり、家には戻らないが、妻や両親には豪邸をプレゼントするまでに成る。
そもそも森で生まれた妻のアグネスが、地元を離れ彼のいるロンドンに移住することは、100%ないと考えられる。
だからこそシェイクスピアは、彼女の身の回りの環境を豊かにしようとしているのだろう。(想像です)
彼と結婚した場合の「未来」を予知能力で知ったうえで、そのパターンの未来を選択して歩んでいくというのは、数々のドラマや映画の脚本で観てきたし、いかにもパラドックス的なSFドラマの脚本なのだけど、この映画の脚本に関しては一味違う。
それを感じるのは、この映画のほとんどのカメラワークが俯瞰映像で撮っているからかも知れません。
アグネスを主にした主観映像ではなく、私としては、例えば森の精霊とか、木々たちだとかの見守る目線で、彼女の人生を見つめているような映像に感じたんですよね。
ハムネットを亡くした家庭は喪失の底に落ち、夫婦もすれ違いに。
そんななかで彼の新作の舞台のジャンルが悲劇で、題名は『ハムネット』であると知り、これまで故郷を離れなかったアグネスは初演を観劇するためにロンドンを訪れるのです。
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今作で私が一番に印象に残っているのが、2名の役者の突出した演技力です。
この映画の俳優陣(主要キャスト)は、チームプレイで作品の空気を作り上げていくと言うより、個々の演技を個々にしているように私には視えました。
主演のジェシー・バックリーの独断的な演技もその1つで、悪い味方をすればスタンドプレイのように感じるかも知れません。
その中で最も演技力・存在感が素晴らしかったのが、ハムネット役を演じた【ジャコビ・ジュープ】の表情です。
令和時代に鑑賞した子役の中で「最高峰」と日本から賛辞を送りたいです。
なんとも言えない表情をします。
冒頭の頃は、視線がキョロキョロしていたり少し落ち着かなかったりするので、日本の子役レベルかなと思ったのですが、
中盤以降の病床の様子や、演出で出てくる(賽の河原的な)死後の世界で魅せる表情は、今まで見てきた子役の演技の中でもトップクラスに素晴らしかったです。
その前半に感じたウブな様子が、信じられないくらいの自然体を生み出していて
よく作品を高評価する際に「大人顔負け」という表現を使いますが、この演技や表情は「子供にしか出せない」ので、まさに今のこの子役だからこそ魅せられたハムネットだったのでしょう。
今年からアカデミー賞に新設された[キャスティング賞]で『ワン・バトル・アフター・アナザー』が選ばれましたが、この子役をキャスティングしたハムネットチームも相当な幸運だったと拍手を送りたいです。
もう少し賞賛します。
このレベルの子役男子は中々いないです。
子役男子というと、真っ先に(『シックスセンス』ではなく)『A.I』の【ハーレイ・ジョエル・オスメント】を思い浮かべるのだけれど、この子はオスメント君よりも演技演技していないし、時々魅せる自然体の辿々しい表情が素晴らしかったです。
正直、20歳くらいから出てくる俳優はある意味で作りが完成しているので、演技力やは1度見れば分かります。
子役はティーンになり大人に成長していくと、別の道に進むかもしれないし未来が見えないので、今が一番の「旬」となります。
【ジャコビ・ジュープ】君の演技がこれからも別の作品で鑑賞出来るか分かりませんから、今年のアカデミー賞で助演男優賞にノミネートして箔をつけても良かったんじゃないか?と思える位の存在感を魅せていました。
上でも書きましたジェシー・バックリーは、今作の演技でアカデミー賞主演女優賞に輝きましたが、
もしかすると、監督のクロエ・ジャオが『ノマドランド』で【フランシス・マクドーマンド】を二度目の主演女優賞まで押し上げたように、クロエ監督は、意思や我の強い女性像の役柄を「描き出す」ことに非常に長けているのかも知れません。
長年アカデミー賞を追ってきましたが、
今作品で演じたアグネスという役柄なんて、まさにアカデミー賞で選ばれるような演出でした。
ジェシー・バックリーの演技タイプはジュリアン・ムーア系だと視ていて、正直そこまで演技の質が高い女優には思えないのですが・・言葉にするのが難しいほど、不思議な存在感を出していました。なお、ジェシー・バックリーと同タイプの日本人女優は高畑充希さんを挙げます。
シェイクスピア役のアイルランド出身の【ポール・メスカル】[30]は、妻役とは対照的に、自己主張が少なく、とても自然体で映像に溶け込んでいるように感じました。それゆえに優男に映っています。
お顔の雰囲気が【ダニエル・ラドクリフ】に似ているなと所々で意識して、ハリポタ以降の俳優業は目立たないラドクリフを思い出しました。
ハムネットの舞台稽古で、主演のハムネット役にお手本を見せるように自ら台本通りの台詞と立ち振る舞いを魅せるシーンがあります。
完璧を求める演出家としての一面と人間的な一面を同時に出すのが、この映画のシェイクスピアの演技で一番良かったように思います。
それと、英国のみならず欧州中で名声を得たシェイクスピアが、単身で暮らすロンドンのアパートではとても質素な暮らしをしていると紹介されるワンシーンに好感を持ちました。
妻や両親には豪邸をプレゼントして、自分はベットと最低限の家具だけのアパートの一室で執筆作業をしているなんて・・個々の部分をもっと強調しても良かったんじゃないか?と思えるくらい良かったです。
指摘点でいうと、今書いたハムネット君は素晴らしい無垢な演技を魅せてくれていますが、
子役3人にうち、ハムネット以外の焦点のあて方が弱くバランスが悪くなっていましたので、ある程度の均等性は計算して欲しかったです。
何より双子や長女の顔や雰囲気が似てませんからね。ここは違和感です。
あらすじを要約して、この記事を〆ます。
森の魔女が産んだ子供。のちにシェイクスピアの妻となるアグネス。
森の魔女が亡くなったことで、森の近くの家の養女となり成長します。
養子なので実子は違う扱いを受けて育ちました。
森の中に入り、鷹匠をしたり、木々や動物たちを戯れると言う設定は、グリム童話やディズニー映画のヒロインのように感じました。
この要素を感じてしまうとフィクション性が上がると思いますけど、歴史的劇作家の妻が魔法使いと言うのは、映画的にロマンがありますし、そうなれば作品の構想のアイデアになると納得できる気がします。
そんなアグネスが20前後の年齢で、家庭教師に来ていたシェイクスピアから求愛を受けて、交際し、現代で言う「授かり婚」をする。
養子として育った家から勘当され、シェイクスピア家で新婚生活を送る。
借金苦の家に嫁ぐ形になりますが、貧困の様子などはあまり描かれていません。
一家の長の父親は家族総出で借金を返そうとしていますが、プライドの高さがあるので、このままじゃ返せないだろうと見ていて分かります。
この後、シェクスピアが劇作家として成功し、おそらく全ての家の借金を完済したのでしょう。
臨月になると、アグネスは森に行き、用意や準備も何もせずに森の中で長女を出産します。
この次のシーンでは数年の時が流れて(展開が飛んで)長女も小学生くらいに成長していますが、女性から母親へと考え方や精神的な強弱の変化など、展開により演じ方も変えています。特に1人目を産んだ後と、双子を産んだ後の女性としての演技は違うように視えました。
おそらくこういう「女性であり人間としての変化」を丁寧に繊細に演じたジェシー・バックリーの演技が評価されて、主演女優賞を受賞したのだと私は思います。
きっと「もう一度同じ演技をして」と要求されても真似事になってしまうだけだと思えるほど、
演技プランや理屈ではなく、その瞬間、その瞬間に感じ取ったアグネスという役を憑依させて演じたのでしょう。
(話を戻しまして)長女を出産してから数年、まだまだ借金生活のシェイクスピア家。
彼は語学に堪能で教師をしているくらいですから、子供達に肉体労働をしてお金を稼げ!という父親は頭でっかちですね。
物語を創作することが得意で、よくアグネスにも頭に描いた物語を口にして語っていました。
その才能を活かして形にして欲しいと、アグネスは頼れる兄弟に頼んで、彼を単身ロンドンへと送り出します。
このパーソロミューと言うアグネスの兄貴は、子供の頃から一緒にいて薬草の歌などを歌っている守護者ですが、私としては、画面の登場時間こそありますが主張もあまりしないので、目立つのにすごく脇役感があるように感じたので、もう少し「兄や義弟や叔父として」の主張があっても良かった気もします。
ロンドンと田舎の別居生活。シェイクスピアは時々帰ってきますが、すぐにロンドンに戻ります。
それから時は流れ、第二子を授かったアグネスは、臨月となり、当たり前のように森の中へ行こうとします。
この映画は出産といっても、肉肉しい映像や血液が表面に描かれませんけれど、ここでもやはり俯瞰映像でスライドしたカメラワークが演技力を強調していました。この時のシェイクスピア家で出産する義母の寄り添い方は非常に素晴らしかったです。
____
私がこの映画で最も評価したいのが、ハムネット役の子役の演技。
演技の次に評価したいのが、2人の出会いの瞬間から張る伏線を中盤に回収する作業。
劇中は言葉では説明しておりませんので、私が言葉で解説します。
未来予知能力のような「魔女の力」を持つシェイクスピアの妻アグネスは、結婚する前に「彼と結婚した場合の未来」を見て決断します。
それは①「歴史的劇作家ウイリアム・シェイクスピアの誕生」と、②「2人の子宝」に恵まれるという未来です。
①
彼女と結婚しなければ、シェイクスピアは成功しなかったのか?
答えはYES。この映画ではそのように描かれていると思います。
おそらく今のままだと借金苦の家で肉体労働をして、ロンドンへ行くことも叶わなかった事でしょうし、ストレスでおかしくなった可能性があります。
彼の子供を身籠り、養子先の家に勘当され、シェイクスピア家に入り、長女を出産する。
それでも状況は変わらず、作家になるため脚本を書いている夫は、今の現状に混乱している。
そこで単身赴任という形で、大都会でありエンタメの街ロンドンへ夫を送り出すことを決める。
それによって彼の才能は評価され大成する。
まさに彼女と結婚しなければ、シェイクスピアは成功しなかったのでしょう。
②
長女が誕生し、妻と子供を残しロンドンへ旅立ったシェイクスピア。
年に1度か数年に1度か、帰省の間隔は分かりませんが、妻アグネスは新しい命を授かります。
そして出産となり、1人目を産んだ後に、双子だと分かりますが・・彼女が結婚前に見た未来の映像では子供は2人のはずです。
そうして生まれた双子の妹は、死産となります。まさにそれが運命なのです。子供は2人です。
産婆も義母も、死産を知り、母親には見せずに埋葬するため部屋を出ようとします。
私はよく知りませんが、生まれた瞬間に死産と決めつけるのは、あまりに希望がないと思いました。
死産の胎児を抱えて退出しようとする産婆に「ちょっと待って、その子を抱かせて」とアグネス。
そして伝えるのです「生きなさい」と。この世に呼び戻すように揺り起こすのです。
オギャー!
私は涙を零しました。彼女は自分の運命に逆らったのですから。
しかし運命に逆らったことに対して代償というものは(映画的に)発生します。
死産から蘇った双子の妹ジュディスは無事に成長しますが、虚弱体質という心配な面があります。
何度も書いて申し訳ありませんが、子供の人数という縛りがあるぶん、いつ2人になってしまうのか?という意識で私は観ていきます。
そして子供が亡くなり、やはりアグネスが見た未来は正しく「子供は2人」という伏線回収をしますが・・・私が思うのは、運命に逆らった代償で生まれたのが舞台『ハムネット』なのではないでしょうか。
「尼寺へ行け」「もしお前が結婚するなら、持参金代わりに呪いの言葉をくれてやる。たとえお前が氷のように清らかで、雪のように純潔でも、世間の中傷は免れない」
など、これはハムレットの印象的な名台詞です。
この映画で解釈すると、自分と別れる(離れる)くらいなら他の誰のものにもなって欲しくないから聖職者として生きろ、になりますか、浅い知識ですが。
映画の中盤でハムネットが亡くなり、再びの別居生活、光という灯りを失ったアグネスや子供達は沈み、ロンドンのシェイクスピアは新作の舞台ハムネットの執筆に取り掛かり、舞台稽古や演出指導などの映像を経て、映画の終盤にいよいよ初演を迎えます。
おそらく、この映画の頭から尻尾までが緻密に計算されたストーリー構成であって、初演の舞台が打たれるまでの壮大な前書きなのではないか?と私は思うのです。
スピリチュアルという点では、アグネスにしか理解できない映像や視点になるので、その未来を見ておいて誰にも話さないことは相当な「自分だけの秘密」でしょう。秘密を抱えて生きていくという観点で、この映画を観てみるのも、面白いのかも知れません。
そして、この歴史的な舞台ハムネット(後のハムレット)の初演を、妻のアグネスは付き添いの兄パーソロミューと観劇しています。
初演の舞台はロンドンのグローブ座。アグネスは立ち見席を無理やり掻き分けて、一番先頭のステージ前の場所を確保します。
そしていよいよ本番が始まると・・アグネスは「違う、そんなんじゃない」と事あるごとに大きな声で口に出します。
これに対し真剣に観ている他の観客は口に指を当てて「しーっ!」と色んな方向から注意します。
明らかに迷惑客です。私も映画や舞台は静かに観たい人なので、一緒になって「しーっ!」と鑑賞中ではありますが、同じポーズをしました。それだけ映画の世界に没入していたのでしょう。この「しーっ!」があるのとないのでは全然違う印象になると思います。
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Sランク(73点以上)にします。
展開だけですかね。
他の部分は丁寧に描かれていますが、月日の経過や時間の移動が忙しなくて、シェイクスピアの5人家族の振り分けの配分に難が生じています。
話の道筋やそれを表現する魅せ方は完璧だと思いますが、キャラクターの意識の持って行き方とシェイクスピアの描写の弱さが、若干見劣っています。子供達、特に長女をメインカットにする時間がもう少しあれば更に良くなったのかも知れません。
前述に触れた長女のスザンナに関しては、全体を通して極端過ぎるほど目立ちませんでした。
目立った場面といえば出産ぐらいなので、演技という面での見せ場はないように思います。
シェイクスピアの第一子なのだから、産まれてすぐに時代と共に成長させないで、ある程度の成長記録を見せて欲しかったです。
主演女優賞を受賞しましたので、「アグネスの物語」のイメージが付き、そのようにこの映画を考えた方が分かりやすし解釈しやすくなると思いますが、やはりアグネスは自立した女性で、ランドスケープを意識的に持つことで「母は強し」という映画に仕上げたのでしょう。
死の淵に立ったとき、人は何を思うのだろう? 立った事がないから分からない。
子供を亡くしたシェイクスピアが、表現者であり続けるために、妻や子供たちに対して壮絶なラブレターを綴る、それが『ハムネット』だと分かる。私の知っている・劇場で観てきたハムレットという舞台の解釈が180度変わるような、その解釈がこれを機会にして永遠に続くような、そんな魂を揺さぶる作品でした。
脚本 15点
演技 15点→17点
(演技加点・ジェシー・バックリー1点。ジャコビ・ジュープ1点。)
構成 16点
展開 13点
完成度14点
[75]点
しばらくロードショウ期間の作品に追いつかないと思いますm(_ _)m
次の記事は1週間ほどの間隔を空けたのち、『罪人たち』を書く予定です。
【mAb】















