ノストラダムスが大予言を外し、世界が西暦2000年代へと動き出した時期。

 

 

人知れず私は映画の沼にハマりました。そうして今のような劇場鑑賞のスタイルを継続して20年を超えました。数多くの作品と出逢います。

 

 

なかでも好きになった俳優の過去作品・新作映画を観るのは至福の時でしたね。

今で言う「推し活」ですが、当時はそうした言葉は誕生しておりませんでしたので、ただストレートに「大ファン」と口にしていました。

 

 

親愛なる【ダコタ・ファニング】を私はダコっちゃんと呼称しています。

デビュー作品から「新作だけ」を追っているというその事実だけは、今日の私に失われつつある劇場鑑賞への原点になっていきそうです。

 

 

_______

 

 

 

『ザ・ウォッチャーズ』

 

 

 

 

制作

【M・ナイト・シャマラン】

 

 

監督🎬

【イシャナ・ナイト・シャマラン】

 

 

ミナ

【ダコタ・ファニング】

 

 

キアラ

【ジョージナ・キャンベル】

 

ダニエル

【オリバー・フィネガン】

 

マデリン

【オルウェン・フエレ】

 

 

本編[1時間42分]

 

 

______________

 

 

 

ホラースリラーに金字塔を打ち立てた『シックスセンス』を撮ったインド出身のハリウッド監督【M・ナイト・シャマラン】の娘【イシャナ】のデビュー作品。すでに父親の作品で携わっていたそうで満を持してのデビュー作品となります。

 

それでも制作には父親の名前が刻まれており親子で作り上げた印象が強いので、シャマラン作品の1つと捉えてもいいかもしれない。

年齢は何と24歳。親の力がナイトは言えないが、20代前半の若いハリウッド監督が誕生した記念となる。

 

 

では始めます。

 

 

本作品はアイルランドが舞台です。

 

 

大陸発見から歴史の浅いアメリカ。その多くの国民は元々ヨーロッパからの移民です。

ダコっちゃんの家系も同じくヨーロッパ系で、記載によるとドイツ人とアイルランド人の血を引いています。

 

そうした経緯からか「THEアメリカ人」という作品よりも、妹のエルファー(【エル・ファニング】)同様にヨーロッパ系の作品に出演することが多い印象です。

 

 

映画とは関係のない話になりますが、彼女が今回演じる役の名前が【ミナ】ということで、日本人としては聞き馴染みがある名前ですね。

例えば、ミナの間を伸ばして「ミーナ」にすると外国人の名前という感じですが、伸ばし棒がないだけで一気に日本人女性のイントネーションに聞こえるから不思議です。話を戻します。

 

 

アメリカ移民のミナはアパートで一人暮らし。年齢設定は28歳の独身女性。職業は絵描き。

 

車1台分の道路に両脇が商店や住宅が並ぶ煉瓦造りの田舎町。

 

アイルランド西部の港町ゴールウェイ。以下はウィキペディアより引用。

 

 

 

 

先に伝えておきますが、今作品で都市名は劇中と関連しません。私が個人的に紹介したいだけです。

 

 

ミナの第一印象は「やさぐれている」という感じでしょうか。

どこか影があって無表情で斜め下を見ている様な女性です。

 

 

ある日、仕事でペットショップを訪ねます。

説明的には描いていませんが、おそらく絵だけでは食べていけないのでしょう。

ペットショップから動物を預かり、その動物を動物園に運ぶのが仕事です。

 

 

(専門業者に任せればいいのでは?と思ってしまいますが(^_^;))

 

 

店長が用事を済ませるまでの間、ミナは店内でタバコを吸って待つ。

 

自分の世界があるアーティストとはいえ、ヨーロッパでも喫煙シーン=モラル・マナー違反ですね。

 

 

 

 

慌てた店長はミナのもとへ。文字通り煙たがられています。

動物たちに有害な煙を吸わせたくないから店内でタバコを吸わないでほしい、と。

 

 

店前(アウトサイド)に場所を移して話します。

その後、店長は彼女にオウム🦜を預けます。ベルファストの動物園にこのオウムを運搬するの事が仕事内容です。

 

「希少なオウム」と紹介されているぶん、この子に預けて大丈夫なの?と心配になるのは致し方ない。事実トラブルに巻き込まれるわけですからね(^_^;)

 

 

動物園があるのは政庁所在地のベルファスト。

北アイルランド紛争を描いた『ベルファスト』はアカデミー賞にノミネートされたことで(脚本賞でオスカー受賞)記憶に新しく、地名がセリフで登場したそれだけで映画が浮かぶような、個人的には少し馴染みがある地名になりました。

 

 

翌日。ベルファストまでは自家用車を運転し一人ドライブ。

ナビに目的地を入力し、いざ出発。子役の頃から追っかけてきたダコっちゃんの運転シーンは個人的に超新鮮!

 

 

その道中に立ち寄ったガソリンスタンドで、スマホから留守電を再生するシーンがあります。

 

 

電話越しに聞こえてくる声の相手は双子の姉。

亡き母親の15回忌に顔を見せなかった妹のことを心配していての連絡。

「これを聞いたら連絡して」・・無表情で既聞スルーする様子は、どこか冷めている。

 

 

給油が終わり車は森の中へと入っていきます。

オフロードを想像しますが、林と林の間に車1台分が通れるように舗装された一本道。これなら道に迷うこともない。

 

 

すると突然、ナビのモニター画面が混線し、これから何かが始まる合図を映画が知らせた後にエンスト。

この部分は全体を通して最もワザとらしい演出だったので、新人監督の粗を感じたところです。

 

 

夕暮れ前、薄気味悪い森の中で車がエンスト。携帯電話も圏外という状況。

 

 

この時点では、まだ余裕。いずれ車が通りかかるだろう、人がいるかも知れない。

 

 

車内から手荷物とオウム(鳥籠)を持ち、「車が故障したの。誰かいますかー?」と声を出しながら森の中へと進んでいきます。

 

 

そしてミナが20メートルほど歩いていくと、後ろに映る車が煙に巻かれるようにスゥーッと消えてしまうのです。

 

樹海の怖さを表したこの映像は秀逸でした。

前を歩いていて後ろで何が行われているかなんて分かりませんからね。ほら、貴方の後ろにも誰かがいるかも知れませんし(^^)

 

 

ふと振り返ると車がない。故障中とはいえ最も大事な移動手段である車の消失。一気にパニックです。

土地勘もないし、ここが何処だかも分からない。とりあえず奥に進んで人に助けを乞うしか手段がない。

まるで富士山の青木ヶ原樹海に迷い込んで出られない遭難者を私は連想します。

 

 

しばらくして「夜が来る合図」。樹海の夜は闇。木々の騒めきすら恐怖に感じる神経質な刻。

太古の昔より夜は獣やマヤカシ達の活動時間帯で、人間には適応しないもの。

 

 

この森の「夜が来る合図」は決まっていて、規則性とでも言うのかな。

毎日、日暮れの時刻になると決まって、数百羽の黒い鳥(カラスぽい鳥?)が西(陽の側)の空へと勢いよく移動するのです。

 

 

一斉に鳥の大群が飛ぶとか、アメリカ大陸だったらバッタの大群とかもあるかな。想像するだけで恐ろしくないですか?

 

 

例えば、駅前の害鳥であるムクドリの占拠だったり、日常的に遭遇する機会があるたびに、鳥の並列飛行は個人的に恐ろしいと感じています。

 

 

森の中で数百羽の鳥が一斉に低空飛行する映像。これは衝撃的な映像で、上記の意識がある私もビビりました。

 

 

ミナは慌てて身を屈め回避。この時、相棒のオウム君も抱き抱えて守ります。

 

遭難系の映画にはよくある流れですが、相棒のオウムに名前をつけ共に行動します。「あなたの名前はダーウィンよ」。

ダーウィンから連想することは基本的に1つでしょうから、つまりは進化論がこの映画のテーマなのでしょう。

 

 

鳥を回避した後、夜の近い樹海の中、一気に不安が募るミナの前に1人の老婆が現れます。

 

ヨーロッパの森の中で白髪の老婆に遭遇するなんて・・リアルなグリム童話の導入への予感がプンプンしますね(^^)

 

 

「あの、道に迷って、助けてください!」

 

 

(相手)「・・・・。」

 

 

老婆、走る。まるでアスリート。

ゴールはそこじゃない、まだ終わりじゃない!

 

 

助けを求めた相手がいきなり走り出したものですから、当然ミナは慌てます。

「待ってー!」と追いかけていく。仮に老婆を見失えば映画の雰囲気は『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の流れになってしまうでしょう。

 

 

とにかく健脚な老婆は木の障害物を簡単に潜り抜けて走り去ってしまうのです。シニアオリンピックに出場できるんじゃないか?

 

 

老婆を見失ったミナが途方に暮れていると、15メートルほどの先に鉄扉が現れ、先ほどの老婆が現れる。

 

 

「助かりたければ走りなさい、5・4・3・2・・」とカウントダウンを始める老婆。

 

 

(ドSかΣ(゚д゚lll))

 

 

いきなりカウントダウンをされると人は従ってしまう説。

 

 

建物の中に走り込んだミナ。部屋には住人である若い男女がいました。

息を整える暇もなく説明もなく、老婆を含めた住人たちに誘導されるミナ。

 

 

正面の鏡の前に立って!

えっ!?どう言うこと?

いいから言われた通りにして!!

 

 

 

 

指示役の老婆に言われた通り正面に並ぶ。

 

内部からは鏡ですが、外部からは内部が丸見えなスモークガラス造り、まるで警察の取り調べ室。

 

新入りということで一歩前に出るよう更に指示をされると鏡の向こうは、カイジみたいな擬音ザワザワザワ。

 

 

 

 

老婆曰く歓迎の拍手をしているそうだ。

 

何が?誰が? 詳しくは教えてくれない。

 

そうして、その日を無事に終える。

 

 

____

 

 

 

翌朝。

 

 

建物の外(入り口周辺)で、ミナは3人から状況説明を受けます。

 

 

白髪の【マデリーン】はリーダー格。一番長くこの場所にいるらしいベテラン。

 

 

 

20代の【シアラ】。

 

 

 

彼女は夫婦で森に入ったのですが、夫【ジョン】が数日前から行方不明になっています。

ジョンは映画のオープニングで登場。妻を救うため助けを求めるために森の脱出を試みて・・失敗。オープニングキャラクターの妻ということに話が繋がります。

 

 

【ダニエル】は、とにかく目つきの悪い青年です。職務質問レベルの陰キャラ。

 

常に何かにイラつきを見せていて、闇が深そうな表情をしています。

 

 

初見の俳優なので、そういう目付きなのか?と検索してみると・・とんでもない!爽やかな若い俳優さんでしたので・・あゝひと安心(^_^;)

 

 

 

主人公のミナを含めて登場人物は4名。

 

若い男女が3名、年配の女性が1人ですから、

年齢的にマデリーンが一同の母親役のような役割になるのかな?と安直に思うのですが、マデリーンは母性的ではなく、口調も男性っぽいお婆さんという印象でした。

 

生きる上でお互い情報交換を交わしたり助け合うことはしますが、「みな仲間であり、みな他人」という感じです。

しかし誰かを蹴落として自分だけが生き残るというサバイバル映画ではないので、生き残るための協調生は多少描かれています。

 

____

 

 

それから数ヶ月の時が流れます。NHK朝の連続ドラマのように時の経過が早いです(笑)

 

 

新顔のミナは、先にいる3人から現在分かっている範囲の情報と、ここで生き残るためのルールを教わります。

 

 

こうした複数人で始まるサバイバルスリラー映画は、状況を飲み込めない主人公に、古株のキャラクターが状況説明を行い、その状況説明のセリフから主人公と観客にセリフで説明するのが定番。「何も分からない」で押し進める映画はまずありません。

 

 

ここでの古株はマデリーン。若い2人はマデリーンからある程度の情報を聞いて、それを新顔のミナに伝えています。仮に、続編があれば、新顔にミナが教えるのでしょうし、そうして「言い伝え」「伝承」「噂話」というものは出来上がっていくのだと見ていて思いました。

 

 

ここに来るまで民俗学の教師をしていたマデリーンは、自らの経験上、バケモノの存在と生存する知恵と条件を知り得ていて、それをミナや皆に教えています。

 

 

人間を縛っているのは「ウォッチャーズ」という種族の怪物。

 

 

前半で明かされるのは、このウォッチャーズという種族は日光を嫌い、日中は森の中に複数ある穴の中(地下道)で生活し、夜になると地上に上がってきて森の中や(建物という罠に)捕獲した人間を「ウォッチ(監視)」する生物だということです。

 

 

日光を嫌う体質で完全に夜行性。身長は5メートル以上あり、天空の城ラピュタの巨神兵のようなシルエット。

 


 では、日光に当たると死んでしまうのか?(日光=弱点?)。ドラキュラだったり鬼滅の刃だったりを想像しますが、設定はよく分かりません。おそらく日中でも陽の下を動けるのでしょうけど、今作品では完全に(純血以外は)夜行性でした。続編がもしあるなら詳細を追加していくのでしょう。

 


ウォッチャーズの監視下の中、 ここに集まった人間達が生き残る条件は基本的に2つです。


1つ目は日が暮れる迄に建物の中に入っていること。

この門限は絶対条件で、それを破ると命はありません。

 


2つ目は、ウォッチャーズの活動時間となる夜の間、人間は正面から「背を向けてはいけない」。

鏡の向こうから夥しい数のウォッチャーズに監視されています。

 

 

1、時間を守る。

2、夜の間は背を向けない。

この2つを守っていれば基本的には安全。しかし深い深い森の中、極限の精神状態により我を忘れてしまうこともあるのでルールを破る時は来ます。

 

 

私が知りたかったのは、何処まで背を向けてはいけないのか?。これがよく分からない(^◇^;)

 

 

建物が舞台であるという例として最適です。

夜の間中は、バケモノたちが、舞台を見に集まっているのです。

再度写真を使用しますが、この状態。

 

 

 

対になっている方向に化け物がいます。

となると、舞台やテレビと同じで、観客席にお尻を向けることはタブーで、基本的にしてはならないことです。

 

 

劇中、ミアはソファに横たわり、唯一の娯楽である恋愛リアリティ番組のビデオを見ています。このビデオは先代の犠牲者の一人「教授」が残したもので、今は現メンバーの所有物となっています。

 

 

最初の紹介で「絶対に背を向けてはいけない」とルールを脚本で紹介してしまっているぶん、そういう目線で視てしまうのです。

 

 

こちらとしてはソファに横たわり半身になったり、少しでも(カメラに)お尻を向けていると、バケモノが襲い掛かってくる展開の予想をするのですが、この点のルールは結構曖昧で、中盤以降は中途半端でした(^_^;)

 

 

試しに少し背を向けてみるとか、挑戦的・挑発的な描写があれば、上記の疑問は解消されるのですが、これがシャマラン映画で毎回ある「モヤモヤ」と考えれば割り切って鑑賞できるかな。

 

 

また劇中、不思議なのは、小屋には4人が生活しているのに、たびたびミナが1人になること。

それは画角としてなのか?そもそもトイレ事情はどうなっているのか?(トイレの個室は劇中になかった気がします。)なども教えて欲しかったですね。

 

 

____

 

 

 

映画を見ていて監視者ならぬ鑑賞者の私が常々思っていたのが、いくつかあるので紹介します。

 

 

まずが「シャマランの当たり作」という感触の良さ。

 

 

何度かシャマラン監督の映画作品を過去に書いていますが、私がよくシャマランに対して書くのが「当たりor外れ」がはっきりしている人物です。今回は娘さんが監督していますが、駄作に感じることも多い監督の・・今作品は個人的には「当たり作品」です!

 

 

そもそも「見えない敵」を描くアメリカ映画は多いですが、日本ではあまり受け入れられないイメージがあります。

アメリカやヨーロッパだと宇宙人系の受け入れ方の価値観は違うのでしょう。

 

 

なので結局、モヤモヤっとして終わってしまう映画を多く見てきて、今作品もそんな感じだろう、ましてはシャマランだしね、みたいに思っていたんです。

 

 

それが、少ない登場人物でしっかり2時間映画を成立させているし、前半から中盤までの展開が頗る面白い!

 

 

&アメリカ映画特有のお化け屋敷の演出が少ないのが、良かった。


例えば、こういうシーン。

 

 

 

 

(ミナは双子という設定もあるので合わせ鏡)

従来のスリラーホラー映画だと、鏡の自分が笑ったり、分かりやすくドン!と衝撃音で観客を驚かせるお化け屋敷演出になるのですが、今作品はそういうお化け屋敷感が少なく、観ていて驚かされることもない、かと言って「すかし」を食らうこともないので、満足感を得ます。

 

 

そしてなんと言っても主演ダコタ・ファニング。

私がダコっちゃんに思い入れが強いことも影響しているとは思いますが、多くの大物ハリウッド俳優が演技を絶賛してきた彼女の演技力は健在で、年齢を重ねて「いぶし銀」の感じまで風格に出ている。

 

 

中盤、そしてオチとなるエンディングは、好みが分かれるでしょう。

個人的には、いよいよ森の脱出を図る中盤、そして後半の流れをもう少しじっくり練って描いて欲しかったと思っています。

 

それでも全体を通した流れはとても良く、脚本の内容もよく分かる。



まるでSFの海外ドラマ12話分を2時間で上手に纏めているような映画で、12話分のシーズン1を2時間で身終えた満足感・達成感がありました。

 

 

アイルランドの怪物の話、ご興味のある方は是非劇場でご覧になって下さい。

 

 

 

 

 

各項目20点満点中

 

脚本 15点

演技 14点

構成 14点

展開 13点

完成度14点

 

 

[70]点

 

 

 

確実性がありませんのでブログ再開とは書けませんが、不定期ですが徐々に投稿できたらと思っております。

どうぞ宜しくお願い致します。

 

 

See you at the theater!

 

 

【mAb】