『デッドマンズ・ワイヤー』

 

 

 

 

 

監督🎬

【ガス・ヴァン・サント】

 

 

トニー・キリシス

【ビル・スカルスガルド】

 

 

リチャード・ディック・ホール

【デイカー・モンゴメリー】

 

 

M・L・ホール

【アル・パチーノ】

 

 

他

 

 

配給[KADOKAWA]

本編[1時間45分]

 

 

 

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昨今のシネマコンプレックスで、エンタメ以外の洋画が上映することが近年・・本当に減った。

 

 

特に洋画はそれに該当する印象だ。

 

 

と言う私も、すっかり「シネコン=エンタメ」という意識になっておりますので、年に10本前後のアメリカのドラマ映画を鑑賞するたびに、このような感覚で言葉を綴るわけです。

 

 

10年ほど前のシネコンは、こういう(失礼ながら話題作ではない)普通のアメリカ映画が、毎週上映されていたんですけどね。

 

 

あれから10年後の現在は、ミニシアター系の日本映画がシネコンで上映されて、外国映画はエンタメ以外上映すらしない、そんな逆転の現象になっています。

 

 

だからこそ。

今作品のような、特別、日本国内で人気の俳優(←ここが重要)が出演しているわけでもないし、日本人が食いつく話題でもないし、大ヒットする予想も出来ず、世界的な賞を受賞した話題作でもないアメリカのドラマ映画が・・現状のシネコンで上映されると、あの時代を思い出して、毎回嬉しくなります。

 

 

ホラーやアクションのジャンルの洋画だといくつか新作が入っているので、今作品の鑑賞は少し悩みましたが、監督がmAbの神様【ロビン・ウイリアムズ】に初のオスカーをもたらした『グッド・ウィル・ハンティング』の【ガス・ヴァン・サント】[74]だったことが決め手になりました。

 

 

サント監督は自身がゲイであることを公表し、2008年の『ミルク』ではゲイの政治家を演じた【ショーン・ペン】が2度目のオスカーを受賞しました。

 

 

監督作の中から選ぶと2000年【ショーン・コネリー】の『小説家を見つけたら』が好きな作品です。

 

 

渋めの演技派俳優を起用する監督というイメージが私はあるのですが、そのような俳優や監督が年輪を重ねられてからの表現に大変興味があります。

 

 

そんな監督最新作の主演はスウェーデン出身の【ビル・スカルスガルド】[35]。

 

正直、映画のポスターを見た時は「インド映画?」を連想してしまいました(笑)

 

 

1977年にアメリカのインディアナ州で起きた人質立て篭もり事件を映像化した作品。

 

 

本圀アメリカでは有名な事件なのかな?

申し訳ありません、全く存じませんでした。

 

 

世界史の教科書に載るような出来事ではない限り、映画で初めて知ることが多い筆者です。

特に自分が生まれる前のアメリカ史だと大統領くらいしかスラスラ言えないなぁ。

 

 

(トランプ大統領の実績は未来のテストでどう出題されるのだろう?)

 

 

では楽しい映画の時間です。

 

 

進行順に物語文を書いていきます。

 

 

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(テロップ表記)1977年 2月8日 火曜日

 

 

アメリカ合衆国中西部インディアナ州インディアナポリス。

 

 

(インディアナは「インディアンの土地」という意味。先住民族の闇は深く、物語は哀しく美しい。)

 

 

トニー・キリシスは自家用車を運転し、不動産投資会社「メリディアン・モーゲージ」社に来社します。

 

 

受付の女性に約束していた「ホール氏との面会」の旨を伝えますが、「生憎、社長は不在です」と伝えられます。

 

 

約束を取り付けていたトニーはその場でプチパニックです。

それもその筈だと思います。彼はこの日のために数ヶ月ものあいだ計画を練って決行当日を迎えていたのですから。

 

 

一方で、名優【アル・パチーノ】[86]が演じる社長のM・L・ホールは約1300km離れたフロリダでバカンス中。国内なのでそこまでの時差は発生しません。場所によって1時間くらいです。

 

 

受付前のソファーで待機しているトニーは落ち着かないし脂汗もかいている状態。

 

 

いち顧客相手に、企業の社長自らが直接会う約束をしているので、それなりの交流があるのでしょうね。

 

 

偶然にもロビーに居合わせたリチャード・ホールが駆け寄ります。リチャードは社長の息子で会社役員です。

 

 

「父はいないが、私で良ければ話を聞く」とエレベーターで移動します。

 

 

秘書室を通り、話をするため社長室へ。

社長のホールは、かなりの成功者で息子を甘やかすこともしなそうに感じるので、自身の不在時に社長室に独断で客をあげるのはどうなのかな?と観ていて思いました。この部分は若干爪が甘いように感じます。

 

 

そうして2人きりになると、落ち着いた様子で準備を始めるトニー。

彼は来社時は片腕を三角巾で固定している状態なので、怪我人としても気を遣われています。

 

 

図面の紙を広げで、リチャードに「紙を机に広げるのを手伝ってくれないか?」「もちろん構わないよ」のやり取りをします。

 

 

広げた図面に書かれていた絵を見たリチャードは固まります。(一瞬のカットでしたが)銃の構造や計画手順のような内容が書かれていました。

 

 

リチャードの目に飛び込んできたのはショットガン。

 

 

「冗談だろ。。」

 

 

そのままショットガンを首の後ろに突き付けられて、さらに固まります。

 

 

 

 

トニーは慣れた手つきで、自身が計画した「デッドマンズ・ワイヤー」の装置をセッティングしていくのです。

このセッティングの際に、手の震えや瞳孔が開くなど、極度の緊張状態がないのも特徴だと思います。

 

 

自分の首と相手の首にワイヤーを巻き、相手の喉元にショットガンの銃口を向けます。

 

 

リチャードが抵抗したり暴れてワイヤーが緩んだ場合は、無条件で銃弾が自動発砲する仕組みです。

 

 

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装着完了後、地元警察に自ら通報し、モーゲージ社の社長室で社長の息子を拘束している旨を伝える。

 

 

 

 

間もなく本社の前には数台のパトカーが現れ、それをブラインドの隙間越しに確認したトニーは満足げに微笑む。

 

 

続いて、場所を変えるために移動する。

 

 

(この映画の面白いのは、会社の立て籠もり事件かと思いきや、人質にとったあとに警察や世間の関心を惹きつけたまま監禁場所を移動することでしょう。)

 

 

非常階段を降りながら先ほどの一階ロビーへ。

 

 

 

 

ロビーにはすでに警察官が駆けつけているが、トニーは動じることなく会社を出て道を進んでいく。

「人質とショットガンと犯人」が3つともに連結しているため警察官は犯人を撃つことができずにもどかしい時間となる。

 

 

外に出たトニーは警察のパトカーと手錠を拝借して、リチャードに運転させ、自宅のアパートへと監禁場所を移すのだ。

 

 

 

 

車中では音楽をかけたり、それを流す地元のラジオDJフレッド・テンプルは天才だと絶賛するなど、異様な光景と状況を自ら作りながら、普段通りの会話をするトニー。

 

 

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一方。

 

 

テレビ局の女性記者リンダは、喉から手が出るほどスクープに飢えていた。

 

 

そんな時にイーストマーケットストリートのビルの4階で、人質立てこもり事件が発生したかもしれないと知り、単独スクープに心躍らせ現場へ急行する。

 

 

現場に到着すると、男が人質にショットガンを突きつけた状態で外を移動している状況に出会し、その様子をカメラで撮影することに成功。

 

 

その後もリンダは犯人の実兄に単独インタビューをするなど、報道の先頭に立って活躍します。

 

 

 

 

もう一方。

地元インディアナポリスのラジオDJであるフレッド・テンプルは、現在発生している立て籠もり事件の犯人から連絡が入り、犯人の発言や言い分などを生中継で放送する役目を担う。

 

 

 

 

犯人のトニーは、テンプルのラジオのヘビーリスナーで、彼のラジオの信者(ファン)ということで信頼され、一役を買いました。

 

 

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拝借したパトカーでリチャードにショットガンを突きつけながら、自宅があるクレストウッド・アパートに到着したトニー。

 

 

犯人の後を追う警官が到着するが、アパート内までは近づくことは出来ず、翌日にFBIの操作に切り替わるまでは下手に動くことが叶わなくなった。

 

 

住人を避難させ、周辺を包囲する。

 

 

自宅に到着したトニーは、勝手知ったるマイルームにリラックスしながら、リビングテーブルの椅子にリチャードを座らせ拘束する。

 

 

ここでもリチャードは首を動かすと死ぬデッドマンズ・ワイヤーを装着され、一切の身動きが取れないままとなる。

 

 

 

 

トニーは自分を騙した不動産投資会社「メリディアン・モーゲージ」社の悪事を暴露するため、報道機関やラジオなどを通して自身の被害を伝えていく。

 

 

 

 

そして、これまで電話に応じなかった、トニーにとっての元凶であるホール社長と話すことが叶う。

 

 

 

 

騙した罪を認めて謝罪してくれ。

さもなければ息子の命はないぞ。

 

 

だがホールは動揺するはことなく、謝罪が欲しいと伝えるトニーに対して、断ると電話を切るのだった。

 

 

果たして、この事件の行く末はいかに!?

 

 

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物語文は以上です。

 

 

1977年のアメリカで実際に起きた出来事。

半世紀も前の出来事ですが、動画や画像などの記録が多く残されているようで、複数記事を読んで把握してからこの記事を書き始めています。

 

 

アメリカの労働階級だったり、アメリカ人の感覚は、日本人の私にはちゃんとは理解できません。

ここで映画評論を始めて約15年。1000作品近くのアメリカ映画を熱量高めに書きましたが、いまだに初めて知る事件や出来事が多くてその度、自分の不勉強さを痛感しています。

 

 

こちらは実際の画像です。

 

 

 

 

 

 

これと全く同じ構図の映像が本編内に用意されているので、「あゝ再現度が高いんだ」と気付きます。

 

 

それと、昭和の時代は会見の時にマスコミとの距離が異様に近くて満員電車のように密着していました。今では国会議員のインタビューぐらいしか密着インタビューは見れませんが、その際は誰もがスクープが欲しいのでマイクやタブレットを口元まで近づけますよね。

 

 

今作はその近付けているものがショットガンなわけですけど・・メートル間隔ではなくセンチメートル間隔で犯人がショットガンを構えているのに、至近距離に警察やマスコミが居るのですから、この場にいる全員の距離感の近さがバグっているように時代を感じます。

 

 

(もしショットガンが発砲した場合、貫通した流れ弾で何人か巻き添えになるとか考えないのかな?)

 

 

FBIが来てからは業務的に進行していく感じがしますが、後半、犯人による声明会見で、殆ど顔色を変えない警察幹部・FBI・ラジオDJという不思議な光景・情景でした。

 

 

それと実際の現場写真を拝見すると、劇中のカットシーンの再現度は完璧ですが、人物の再現度は寄せていませんね。

 

 

エンドクレジット中の映像で、普通のおじさんとおじさんが出てきて、結構驚きました。

 

 

最近のハリウッドは極限まで本人に寄せるメイキャップや役作りをされるので、逆に新鮮だなと思います。

 

 

犯人のお顔立ち的には、今作に出演したアル・パチーノだったり、それこそロビン・ウイリアムズを連想します。

 

 

(ロビンのマシンガントークで、トニー役を怪演して演じたら最高だっただろうな。)

 

 

この目の前に犯人がいる状況の中で、待機している警察官の心情はどうだったのか?私はそれが気になります。

 

 

ワンシーンで、犯人に拳銃で詰め寄った若い地元警察官が、同僚に「バカ、やめろ!」と制止されるシーンがありましたが、そのような裏側であったであろう正義のカットをもう少し増やしても良かったんじゃないかな。

 

 

おそらく、この映画に登場する人達それぞれに正義があって、それを主張しているのが犯人なのだろう。

 

 

アル・パチーノが演じたホール社長は、映画で見たままの性格なのだろうけど、電話越しやテレビ越しだから、自分の言いたいことを言えるという見方が出来ます。

 

 

息子が人質に取られて、殺される可能性が高くても、特に堪えてはいません。

 

きっと自分が人質に取られてワイヤーを掛けられたら、命乞いをするタイプなのだろうけどね。

 

 

名優アル・パチーノは今年の1月【ジョニー・デップ】監督の『モディリアーニ!』で久々に銀幕でお姿を拝見しました。

まさか同年に出演作が観れると思わなかったので有難かったな。

 

 

高齢が故か、動きのある演技は2作品ともありませんが、座りながらでも喋りや表情で役を演じる「凄みは健在」なので、私の鑑賞満足度は高かったです。

 

 

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この映画の作り方を見ていると、主人公の犯人は計画性があるのに、アドリブには弱いです。

 

 

この日に社長を人質を取って事件を起こすことは決めている。しかし当日、アポを取っていた社長が不在で、覚悟を決めているぶん後日改めて・・とはいかず、ロビーで戸惑っていると社長の息子が声をかける。

 

 

そして人質を社長の息子に切り替える。標的はあくまでも社長のまま。

 

 

例えば、旅行先だけを決めて、現地に着いてからホテルを探すようなものですかね(笑)

私自身はスケジュールや目的地をあらかじめリストアップしてから行動していく性格なので、結構イラチに感じました。

 

 

方向転換して行き当たりばったりの行動をとる犯人ですが、犯人の目的は、社長が罪を認めること・自分への謝罪になるので、軸はぶれていないから信念は視えます。

 

 

犯人のトニーにとってみれば、全財産を賭けた不動産ローンが泡と消え、自分が騙されたショックと、騙した社長にしか興味がないので、人質にとったリチャードは「交渉の駒」でしかないのでしょう。随所にアウトオブ眼中さを感じました。

 

 

劇中の中で、1度だけ社長と犯人が電話を通じて話をします。その際に、人実の息子が電話を代わります。

 

 

どんなに悪どい人間でも、自分の息子が銃を突きつけられていれば非を認めるのではないか?プラス後継者候補でもある。当然ながらそう考えたはず。

 

 

しかし、バカンス中のホール氏は、息子が顧客に銃を突きつけられて人質に取られていると知っても動揺を見せません。

後のシーンで中継をテレビで見た際に、ほら観てみろ、俺の息子はこういう状況でも泣いてないぞ!と、誇らしげに語っています。

 

 

電話の付近にいる母親はウロウロしています。これが普通の反応でしょう。

 

 

父親との電話を許されたリチャードのシーンで、自分に関心があっても自分の命には関心がないと知り、拘束されてから表情を変えなかった彼が、涙を溢すカットがあります。

 

 

無関心。THE無関心。

 

 

電話だけで、息子の精神にダメージを与えて泣かせるのですから、相当な威力があったのだと思います。

多分、息子は父親のことを誇っていて、最初に社長室に案内するときも、社長の椅子は座り心地がいいんだ!と語るように、いつかは自分も「尊敬する父親」と同じポジションになるんだという未来を見ていたのだと想像します。

 

 

緊張状態が続く中で、電話越しに肉親の声が聞こえて、感情が昂る。この一連のシーンでのリチャード役の演技が見事です。

 

 

しかし、人質役の俳優が、妙に落ち着いているからか。

 

緊迫感があまり伝わってこないため、上手いよりも物足りなさの方が鑑賞中は勝りました。

 

 

リチャードは首の位置を無闇に動かせないから、常に全集中が必要なのですが、その表情が仏頂面でつまらなそうに見えるから、そういうふうに私は思ったのでしょう。

 

 

体の可動範囲の匙加減が全く分からない状況のまま拘束されるのだけれど、どのくらい動いたら引き金が引かれてショットガンが発砲するのか? 

 

 

ワイヤーが緩んだ途端に引き金が引かれると劇中に説明があったので、パニックになって取り乱したり、リアクションを取って喋りすぎたりするのもデッドエンドかな。

 

 

実際に首を動かしたらショットガンが発射される仕組みなのですが、一切無駄な動きをしないリチャードは・・お見事としか言いようがないです。これ、他の人だったら半数以上が首を吹っ飛ばされると思うのでね。

 

 

 

 

犯人の自宅に移動してから牛乳をすすめられて断るのは、そういう想像があってからなんだと思います。喉なんてカラカラなんでしょう。トイレに行く際も、付いて来られるなんてたまったもんじゃない。

 

 

これ首でも攣ったり、寝違えたり、翌日に筋肉痛が来たら・・想像するだけで相当キツそう。。

 

 

唯一、就寝中は首のワイヤーが外され、ショットガンは至近距離には置かれません。

手錠をかけられて手足を拘束され、バスタブの中で足をくの字にして就寝するという時間が実に3日間続きます。

 

 

あとは個人的な見方で、人質役の【デイカー・モンゴメリー】[31]の(弱り顔の)アップショットが・・(最近の)北村一輝さんに似ているなぁと最初に思って、

 

それから北村一輝さんとジョニー・デップを足して2で割ったようだなぁ・・など、そんなことを考えながら鑑賞していました。

 

 

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「立て籠もり映画」としては正直、盛り上がりに欠ける内容で、見せ場は観客が探すように作られていると思います。

 

 

主人公のトニーが「俺は冷静で、異常者ではない」と警察やマスコミ、ラジオを聞いているリスナーなどに頻繁に発言しているように、

 

見ている分にはトニーは健常的に感じます。

 

 

ただ異常性は高いのと、緊迫した状況で世間話をするなどサイコの要素は十分に感じると思います。

そして現代ならまだしも、1970年のアメリカで中年の独身男性が仕事が恋人と発言しているのは、そうした要因に繋がるのかなとも思います。

 

 

自分は騙された、全財産を取られた。

会社には悪行を認めて、自分に謝罪してほしい、と要求しています。

 

 

彼の言い分や気持ちは分かるけれど、それとこの行動は違うんやないかな?と思ってしまうのも正直なところです。

 

 

リチャードに対しての態度もそこまでの敬意がなく、やはり交渉の駒の1つとして扱っていたと思います。

 

 

そこまで変な感覚を持った人間ではありませんが、アドレナリンが出まくった状況では自分が認める人間に対しては敬意を払い、仇の息子である人質のリチャードに関しては興味すらなくなっていました。

 

 

彼が電話越しに父親が自分に無関心で、愛情が殆どないことを痛感して涙をこぼすのを見てからか、それまである程度のゲスト感を見せていたトニーが憐れむような態度に変わっていました。

 

 

それがお前の父親の本性だよ、最悪だな。お前も可哀想だな。だがそれとこれとは別の話だ。と言った感じでしょうか。

 

 

後半のシーンになりますが、報道陣を集めて、FBIや警察監視のもとで会見を開き自分の言い分を主張します。

 

 

先ほど載せた実際の画像をもう一度載せさせて頂きます。

 

 

実際の画像は人質が命を諦めたような表情をしていますが、

 

 

 

映画だと・・

 

 

やはり俳優なので一般人とは違い野暮ったさがなく、表情が垢抜けているなぁと。

 

 

 

劇中のリチャードは、温室育ちのお坊ちゃんかと思いきや、父親とは違い誠実で紳士な人間性です。

婚約者がいて一途なのも伝わってきますし、彼が次期社長になったら、この会社は安泰だなと想像出来る人です。

 

 

最後の方は駒にされて、ただただ可哀想な社長の息子という印象になりました。

 

 

昨年、西ドイツ:ミュンヘンオリンピックの選手村で起きたテロ映画『セプテンバー5』を書きましたが、実際に起きた話の映画化だと、ドキュメンタリータッチに脚色するのが精一杯なのでしょう。

 

 

今作品の見せ場の1番は、何と言ってもデッドマンズ・ワイヤーという地獄の装置になりますが、そもそも監督のガス・ヴァン・サントに人質スリラー映画のイメージがないので、それ以外の展開ではドラマを描くことが監督の魅せ方なのだと思います。

 

 

装置の仕組みを映像でクローズアップするのではなく、あくまでも表情演技が中心。

デッドマンズ・ワイヤーの映像描写が弱すぎたことで、演技中心のドラマ映画の色が濃くなっていました。

 

 

FBIが立て籠り犯を心理分析して、「彼は怒っている。侮辱されたことに屈辱を感じている。だから敬意を形にするべきだ」と会見する場を設けるクダリの展開は、いかにもハリウッド映画という感じが表れていました。

 

 

ドラマ映画にする事で、じっくりと見ることが出来ます。

ですが私としては、主人公の人間性を中心に展開していくよりも、要所要所でDeath or Arriveを感じられるような緊張感・緊迫感を感じさせた方がこの映画は更に良くなったのかなぁとは思います。

 

 

 

当の社長は、遠く離れたフロリダでバカンスを楽しんでいるので、普通に考えると、面倒臭い客を相手にするのを避けているのでしょう。

 

 

あんたのせいで大損した!と憎悪剥き出しでクレームを言ってくるのは安易に想像出来ますし、この会社が実際に悪徳企業だとしたら、そうした客のクレーム応対は下の者に任せるわけで・・

 

 

まぁ、それで偶然か必然か、会社に居合わせた社長の息子が応対することになるのですけど・・・あっ!もしかしたら息子に犠牲になってもらおうと多少の想定があったのかも知れませんね。むしろそう考えた方が良いのかも知れません。

 

 

それにしても、立て籠もり犯が人質を取るという事件は、規模は違えど日本でも時々起きていますが、この事件のように犯人の声明だったり言い分が電波を通して、編集なしでそのまま流れることは殆どないと思います。

 

 

つまり我々日本人は犯人の犯行理由を知り得ない状態で起きた出来事だけを「怖いね」と井戸場で話題して、次に起きた事件を切り替えて偏見報道するニュースに意識を向けるルーティーンを長年続けている気がします。

 

 

今作で良かったのが、上記に書いた犯人の主張を聞く様子があること。

リアルタイムで生放送やラジオを聞いている一般市民の姿をよく映していることで、主人公のトニーは普通のおじさんで特別カリスマ性はないからか、彼に賛同してアパート前に集まるような英雄化はしませんが、代弁者を探すアメリカらしいなと感じました。

 

 

あとは、これは全く作品とは関係がない個人的な興味ですが。

インディアナ州からフロリダ州に10分近く電話していますが、電話料金ってどのくらいになるのだろう?

 

 

子供の頃、県外の友人に遠距離電話するたびにハラハラしていたことを思い出しました(笑)

 

 

(1977年だと1ドルが260円前後の時代です。)

 

 

まぁ、これから捕まる犯人がそんな小さなことは気にしていないと思うのだけれど・・仮にも全財産をなくしたという設定だったので(その意識が生じました)。

 

 

 

最後に。

 

 

来社したトニーを応対した受付の白人女性が、そちらのソファーに座ってお待ちくださいと誘導したのち、取次の電話をしているという何気ないシーンがありますが、

 

 

その取次電話をする受付の相槌が、ロビーに響くくらいとにかく大きいです。

久しぶりに「ア〜ハン」と発音ハッキリと聞こえましたよい(笑)

 

 

事件の結末や裁判の行く末、この会社の末路などもエンドクレジットで紹介されていましたが、

こんなに馴れ馴れしく相槌を打つ受付嬢がいる会社は、少し信用出来ないなぁ・・と序盤に思ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

脚本  13点

演技  15点

構成  15点

展開  13点

完成度 14点

 

 

[70]点

 

 

 

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冒頭の話に戻りますが、

 

 

昨今はエンタメ志向の強い日本のシネコンになりましたので、このような、ありふれた・・と言っては作品に対して非常に失礼なのですが、20年前くらい前は毎週の新作公開日には、どれにしようかと選べるほど洋画(主にアメリカ映画)が上映されてました。

 

 

私はその時期に映画を映画館で見始めましたので、今でもその亡霊意識が抜けない切り替えができない人間です。

 

 

時代は流れて、「みんなが好きな映画」が主に映画館で上映されるようになりました。

それはもちろん悪いことではないし、私自身もよく観ているのですが、作品の質度は偏っているとは思います。

 

 

売れた作品をロングランに切り替えて、興行収入を増やす近年の流れもあっては良いとは思うのですが、

当たり外れ関係なしに多様なジャンルがないと、映画というものは配信に負けて進化していかないと思っています。

 

 

日本映画をシネコンで上映しても日本人しか基本は観ませんから、エンタメ以外の邦画だと2〜4週間で上映終了になるのがオチです。

 

 

例えば、このインバウンドな時代で、映画館で外国人観光客の姿はほとんど見かけません。六本木などでは見かけますが。

 

 

客足が悪く業績不振で幕を閉じるシネコンも増えているのに、映画鑑賞料金は値上げを繰り返しています。

 

 

この悪循環を解消するためには、単純に外国人観光客が映画館に行くキッカケを与える企業努力をすればいいと私は思っています。あくまで在日外国人ではなく観光客ね。多分、これで一気に収益が黒字に転換すると思います。

 

 

(勿論、鑑賞中の鑑賞マナー(特に私語厳禁)は守ってもらうことが前提ですが)

 

 

そのために是非とも英語圏の洋画、昔のようにハリウッド映画を数多く上映して欲しいです。

そうなれば、字幕は邪魔だと思うのですが、何週間も長期滞在する外国人観光客は日本の映画館に足を運ぶのではないでしょうか。

 

 

まぁ私は、混んでいる劇場には足を運びませんけれどね。

 

 

 

【mAb】