私と出会ってから
今までの5年間のことを、
少しずつ更新しています。
これより以前の話は、
テーマ
「☆31歳大腸がん発生から今まで(更新中)」
をご覧ください





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2012年
私は付き合った頃から、
お嫁にはいけない、
結婚するなら
婿に入ってもらいたい
って彼(旦那)には言っていました。
正確には
付き合う前から
ちゃんと話していました。
付き合った頃の彼は
「じゃあ、俺がいく
うちには姉がいるし、
きっと分かってくれるよ」
と言っていました。
ええ、
言っていました。
じゃなきゃ
私だって付き合いませんyo。
もしその時
軽い気持ちで言ったとしても
言ったことには変わりませんから~
彼には
1つ年上の姉がいます。
幸いなこと(?)に
まだお嫁に行ってもいなかったし
付き合っている人も
いませんでした。
私と付き合うことになって
それを初めて彼の両親に
話した時、
ちゃんと一人っ子だ
婿取りだって
言ってもらいました。
初めて彼の両親に会ったとき、
義父は
「もしあれなら、
(嫁に来るならって事だと思いますが)
そっちのお母さんとばあちゃんも
面倒みるぞ」
って言ってくれました。
気持ちは本当にありがたかったのですが、
それはきっと
嫁に来てくれる時
ってことですから。。。
違うんですよね。
私は思春期や
大人になる過程での
あのもやもやの時期を
みっき家の
姓を継いで
家を建てて
家や土地を守って
お墓を守る!!
ってことを
生きがいにすることで
乗り切ったので、
この思いは、固いw
だから
初めて会ったにも関わらず、
私は彼の父と母に
「いや、私は跡継ぎなので、
婿取りなんです」
とだけ言ったのでした。
彼も長男です。
きっと私と付き合うまでは
私と同じように、
自分の姓が変わるなんて
考えたこともなかったでしょう。
それに、
31歳という若さで
大腸がんなんていう病気になって
しかも転移もあって、
それだけでも十分
親に心配をかけて。。。
やっぱりいざとなると、
自分の実家を出て
婿に入るということは
親に申し訳ないという思いが
出てきたのだと思います。
こんなことを言っていると
考え方が古臭いなんて
思われるかも知れませんが、
私は、大事にしたいのです。
まあ、私を育てた家族達が
そういう考えだっただけです。
そうこうしているうちに
私は自宅を新築してしまいました。
きっとあちらの両親も
私が嫁には行く気がないということが
分かったでしょう。
彼は、
自分が病気であるのに
婿になんて行っていいのか
という葛藤があったようです。
それから、
まずは5年再発なければ、
そしたら少しは安心できる
なあんて
考えてもいたようですが。
なぜ5年かは分かりませんが
きっと5年生存率を
意識していたのかもしれません。
でも、私は前々から
「5年あれば、
子供ができたら
もう4歳になるよ!
4歳になったら
お父さんの顔
ちゃんと覚えてるもんだよ」
って何度も彼に言っていました。
前にも書きましたが
私の父親は婿でしたが
色々あり離婚しました。
そして私が4歳の時
亡くなりました。
私の唯一の父の記憶は
その4歳の時に
父方の祖父が亡くなり、
その時は母だけが
お葬式に行ったのに、
もう少ししてから
今度は父が亡くなったからと
その時は母に連れられて
私も父の実家に
行ったことでした。
棺の中に
菊の花に埋もれた
白い父の顔があったのを
しっかり覚えています。
両手でぺたぺたと
あの透明な棺の窓を
触った記憶もちゃんとあります。
これがお父さんかぁって
思った記憶があります。
お父さんの顔
ちゃんと覚えてるもんだよ」
って何度も彼に言っていました。
前にも書きましたが
私の父親は婿でしたが
色々あり離婚しました。
そして私が4歳の時
亡くなりました。
私の唯一の父の記憶は
その4歳の時に
父方の祖父が亡くなり、
その時は母だけが
お葬式に行ったのに、
もう少ししてから
今度は父が亡くなったからと
その時は母に連れられて
私も父の実家に
行ったことでした。
棺の中に
菊の花に埋もれた
白い父の顔があったのを
しっかり覚えています。
両手でぺたぺたと
あの透明な棺の窓を
触った記憶もちゃんとあります。
これがお父さんかぁって
思った記憶があります。
4歳にもなれば、
ちゃんと物心がついていて
1回しか実際に見なかった父の顔も
ちゃんと覚えていられます。
写真じゃなく、
思い出に残っていることが
大事だと思います。
だから、
おなじ5年間を過ごすにしても
もし、万が一
5年後になくなるとしても
その間に子供は大きくなって
その間に父親の顔を覚えられるんです。
だから、
わたしは早く結婚したかった。
でも彼はなかなか
プロポーズはできなかった。
それも、仕方ありません。
私のことを
大切に思ってくれるからこそですから。
そして見事、(?)
3年を前にして
肝転移疑いで
StageⅣになってしまったのでした。
でも私は
彼に家に来てもらうために、
母と祖母が安心して
お婿さんをもらえるように
家を建てました。
やる気を、
家を建てる覚悟をくれたのは
彼です。
そして何より、
こんなに男性と付き合って
心安らかに過ごせた相手は
他にいませんでした。
異性と付き合って
異性と付き合って
波風を追っているうちは
ただの恋愛に過ぎません。
でも、彼といると
彼のために自分もしっかり
前を向くことができたんです。
そういう相手こそが
本当の運命の人なんだと思います。
もう、
StageⅣとはいえ、
本人ぜんぜん元気だし、
抗がん剤治療しても
肝臓の影の増大もなし。
いまさら
もうお互い別れられません。
一度彼に冗談めかせて
言ったことがあります。
肝臓の影の増大もなし。
いまさら
もうお互い別れられません。
一度彼に冗談めかせて
言ったことがあります。
「私は貴方のことが大好きだし、
貴方がいないとだめだから、
絶対に別れる気はない。
でも、婿はとらないといけないから
それか子供は絶対ほしいから
でも、婿はとらないといけないから
それか子供は絶対ほしいから
結婚出来ないなら
私の愛人になってくれる?」ってw
冗談ですが、半分本気w
もちろん、
私の愛人になってくれる?」ってw
冗談ですが、半分本気w
もちろん、
そんなの絶対だめだと
言ってくれましたw
もしここで彼が
「私のために別れよう」
なあんて言ってしまったら
もしここで彼が
「私のために別れよう」
なあんて言ってしまったら
もう終わりです。
そして、そんなの
優しさなんかじゃありません。
「あなたがいないとだめ」
なんて、本当はあり得ないのかもしれませんが。
そして、そんなの
優しさなんかじゃありません。
「あなたがいないとだめ」
なんて、本当はあり得ないのかもしれませんが。
別れてたらきっといつか
私は別の人と付き合ってたでしょう。
彼は付き合えないかもしれませんが…
でも絶対に、
彼と結婚するのが
一番幸せだってわかっていました。
旦那に一番感謝していることは
旦那に一番感謝していることは
私のために身を引く



