自分の事って客観的に見ているようで、
実はそうでもない事もあったりする。
自分のことは自分が一番良く分かってる、
もちろんそうだろう。
喜んだり悲しんだり楽しんだり苦しんだり。。。
嬉しくても顔にわざと出さなかったり、
傷ついても平気な顔したり。
人には分からなくても自分はよく分かっている。
.....と思っているから、
人様から自分について意外な捉え方をされると、
「私ってそんな人?」と異論を唱えたい時がある。
しかし。
かのギリシャ哲学者「ソクラテス」は言った。
「そう見える、ということは、またそうでもあるということだ。」
要は人から見たイメージが、
自分の本質から違和感があると思っても、
そう見えるということは、自分の中にそういう部分もあるのだから、
甘んじてその言葉を受け入れよう、という意味だろう。
なぜこんな事を言うかと言うと、
今日ある人から私は
「男のことを蹴りそう。
ただ蹴るだけじゃなくて膝蹴りか、
なんならハイキックで蹴りそう」
なイメージがあると言われたからだ。
なんて不名誉な!!
もちろん男性を蹴ったりしたことはない。
しかしそんな乱暴者に見えるということは、
また乱暴な一面もあるということだろう。
残念だが受け入れるのがヨギーニというものだ。
せめて丁寧な生き方をしたいが、
果たしてどうなることやら。。。。
出来るか出来ないかは「わたし次第」。