昨日、お友達でピアノの先生をしているHさんの
ピアノ教室の発表会の「受付け嬢
」を勤めてきた。
なぜ私が「嬢」なのかは掘り下げないとして、、、
途中休憩をもらい、舞台下手で子供たちの演奏を見てみた
Hさんの教育方針として
「間違えてもいい。これが私の演奏よ!と堂々としていなさい。」
と子供たちは教えられているので、
みんなダイナミックな演奏でとても清々しい弾きっぷりだった。
演奏が終わると子供たちひとりひとりに
「よく出来たわね~」と褒めている。
それを見ていて自分の子供の時の発表会とオーバーラップする。
一人でステージに立って演奏することを
怖いと思ったことが無かった。
子供は恐れを知らない。
なぜならば「失敗」の意味を知らないから。
でも大人になるにつれ「失敗」すると「恥ずかしい」ことを覚え、
なるべく「恥ずかしい」思いをしないように行動するようになる。
確かに某芸能人達のようにクスリに手を出し、
多大な迷惑を他人にかけ、人の人生をダメにしてしまうような「失敗」は
二度と繰り返すべきではないだろう。
でも音楽や絵画やスポーツなど、
自分を高めていくことについては
いかなることも「失敗」とは言えない。
それは階段の一歩であり、
一段踏み外したらまた上がれば良いのだ。
そこで一歩上がれるかどうかは
本人もさることながら
周りで支える人が重要になってくる。
本人が努力しているにもかかわらず、
間違ったことを指摘され罵倒され馬鹿にされれば、
先に進む力は湧いては来ない。
努力していることを励まされ褒められ肯定されれば
少しのミスを恐れることは、無い。
また新たにトライしようと思える
私も子供の頃、お稽古事の中で色んな先生と出会ったが、
殆んどの先生は良い先生だった![]()
レッスンは厳しかったけれど、
必ず最後は褒めてくれた。
小さいながらも今の私があるのは
そんな先生たちがいたからかも知れない。