ブルース ・スプリング スティーンは、
「明日なき暴走」で一躍有名になった当時は
そのイメージ とはまったく正反対の
「レーガン の片棒担ぎ」という予期せぬ幻影を
背負い込んでしまい苦しむことになります。

未だに、彼のことを星条旗を振り回すマッチョなヒーロー
ロック 版ランボーだと思っている人がいるかもしれません。
もとはと言えば、
その誤解は彼の大ヒット アルバム「ボーン・イン・ザ・USA」
(1984年)のビデオ・クリップと
それが放映された時代によって生み出されたものでした。




ちょうどそのアルバムが発表されたころ、
1980年代前半は、
生まれたばかりのMTVが世界中でブームを迎えていました。
数多くの斬新な映像作品が生み出され、
アーティスト たちはみな優れた映像を求めて
血眼になっていました。
こうして、音楽 と同時に映像への関心 が高まったのは
良かったのですが、映像のインパクトがあまりにも強すぎて、
原曲のイメージ を大きく変えてしまう場合もありました。
その代表作とも言えるのが、「ボーン・イン・ザ・USA」でした。

時代は、レーガン 政権のまっただ中、
アメリカ はかつての威信を回復するべく、
政治だけでなく文化 、風俗までが右へ右へと傾いていました。
映画 界では、レーガン 大統領大喜びの作品群、
「ロッキー2」「ランボー」「トップ・ガン 」など、
恥ずかしいほどの右より愛国ドラマ が大ヒット
その影では、福祉予算 の削減などによる
弱者の切り捨てが着々と行われ、
再び人種差別の問題も浮上し始めていました。
そこに現れた星条旗を背に力強く歌われる
「俺はアメリカ 生まれだぜ!」という
パワフルなロック ンロール。
これが、一連の愛国精神高揚の作品群と一緒にされることは
仕方のないことだったのかもしれません。

かつて、1969年に「パットン大戦車軍団」という
アメリカ 映画 がありました。
第二次世界大戦におけるアメリカ 軍のヒーロー
パットン将軍の半生を描いたその作品は、
主演のジョージ・C・スコットがアカデミー 主演男優賞を獲った
戦争映画 の名作です。
この作品のもっとも有名なシーンが、
最初と最後に行われるパットン将軍の演説の場面なのですが、
そのバックにはためいていたのが、巨大な星条旗でした。
しかし、この作品は、
決して好戦的な右より映画 ではありませんでした。
かつて戦争のヒーロー と呼ばれていた人物が、
実は人間的に崩壊寸前の精神状態だったという、
戦争の現実をとらえた優れた人間ドラマ でした。
しかし、あまりにも有名になってしまった
星条旗を前にした演説のシーンは、
映画 全体のイメージ をも変えるほどのインパクトだったことは
確かです。
そして、「ボーン・イン・ザ・USA」の場合、
星条旗が与えたイメージ は、
それとは比べものにならない大きさだったようです。

俺はこの町で小さな問題を起こし
彼らは俺の手にライフルを握らせ
外国へ送り込んだ
黄色人種を殺すために

U.S.A.で生まれた
俺は、U.S.A.の敗残者だ…
            
「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」より

もちろん、ブルース ・スプリング スティーンという人物が
「俺はアメリカ に生まれた。だから俺は国のために闘うぜ!」
なんていうことを歌うわけはない。
その歌詞は、そんな右よりイメージ とは
まったく違っていました。

(「こんなダメな国だけど、
 それでも俺はこの国で生まれたんだ」
 と言う感じでしょう)

しかし、ランボーとイイ勝負の
スプリング スティーンの肉体と
強烈な星条旗のインパクトは、
そんな歌詞などどこかに吹き飛ばしてしまいました。
おまけに彼は自分のプライベートについては、
いっさい公表することを避けていました。
インタビューもほとんど受けることがなく、
これもまた、彼の間違ったイメージ 作りに
一役買ってしまったようです。

こうして彼は、一躍シルベスター・スタローン、
トム・クルーズ と並ぶ
アメリカ の肉体派ヒーロー に祭り上げられてしまいました。

1982年の作品「ネブラスカ 」で、
トルーマン・カポーティーの傑作小説 「冷血」を思わせる
暗いリアリズム ・タッチにより、
アメリカ の影の部分を歌い(実際にあった無差別殺人者の物語)
新しい世界を築きつつあった彼は、
その後さらにメッセージ性を打ち出すようになって行きます。
それはまるで、自らが生みだしてしまった
誤ったイメージ を振り払おうとするかのようでした。

「トンネル・オブ・ラブ」では、
同時期に明らかになった自らの結婚 生活の崩壊と
重ね合わせるように、
愛についての疑惑を歌いました。

「ボーン・イン・ザ・USA」に限らず、
「闇に吼える街」、「リバー」etc 
彼は、私生活が作品に現れてしまうロッカーです。
だからこそ、LIVEと作品のみで
評価して欲しかったのでしょう・・・

「The Ghost Of Tom Jodo」では、
1930年代大不況時代の労働者の苦しみを描いた
ジョン・スタイ ンベックの名作「怒りのぶどう」を
下敷きとして、
現代の労働者たち、移民たちの苦しみを描き、
現代アメリカ の問題点を鋭くついています。

どの作品も正直ではあるが、
けっしてポップな作品ではありませんでした。
それでも今まで築き上げてきた人気のおかげで、
売上はしっかりと稼ぐことはできました。
その点彼は、非常に恵まれていたといえるでしょう。

そして、これこそ彼が長年にわたってコツコツと続けてきた
ライブ 活動の成果でした。

プライベートについては、
いっさい公表していなかったブルース ですが、
その代わり彼はデビュー 以来ライブ 活動を最重視する
姿勢を変えていませんでした。
ライブ で直接観客に自分を見てもらうことこそ、
最も正確に自分を理解してもらうことにつながるという
信念 があったのです。

彼の長年のライブ 活動の集大成、
CD 3枚組のライブ ・アルバム「ザ・ライブ 」には、
そんな彼の思いが込められています。
そして、この姿勢を貫いてきたからこそ、
彼が背負い込んでしまった間違ったイメージ も、
多くのファンのおかげで少しずつぬぐい去ることが
できたのかもしれません。

I Love Boss.