第4章:石北本線記
石北本線とは、旭川~北見・網走に抜けるルートを言う。
駅名で言うと、新旭川~網走がその区間になる。
本線とは言うものの、全線単線非電化区間である。
元々、道央から北見・網走へ向かう方法としては、二通りのルートがあった。
一つ目は、旭川から富良野に出た後池田に。
池田から北見・網走へ行くルート。
もう一つが、宗谷本線を名寄まで出て、名寄本線を回り込むルート。
どちらにしても、一旦南下するか北上するかのルートしかなかった。
その意味でも、旭川から直接遠軽を結ぶ事の出来る石北本線の開通は大きなものだった。
そんな石北本線を網走から逆行する。
キハ183系後期型は、運転台の右側が特等席となっている。
なので、列車の交換も正面から見られる。
前日まで撮ってた西留辺蘂-金華の踏切を列車から見るとこうなる。
カント(曲がる角度)の大きさは伝わるかな。。。
列車の場合、遠心力による脱線を防ぐため、内側と外側の高さが違っている。
カントは、カーブの半径の差によって変わる。
S字カーブだと、右に左に、また右にとカントに合わせて列車がくねるのでその様がよくわかる。
金華を越えると、難所の常紋峠に差し掛かる。
峠では、キハ183のディーゼルエンジンが唸りを上げて登ってゆく。
現在停止中の常紋信号所を越えて次第に降って行き、列車は遠軽に着く。
ここから進行方向が変わる。
かつては、ここから、湧別方面へ。
紋別を通って名寄まで行く名寄本線があったが、残念ながら、1989年に廃線になっている。
遠軽を出ると、北海道の屋根である大雪山の北側を通るルートになり、石北本線最高標高の上越信号場まで勾配がきつくなってゆく。
新旭川~遠軽間120kmのうち、100kmが峠越えの勾配になっているところからもこの路線の完成がどれだけ難しかったかが伺える。



