前回の時間の話、SFのタイムトラベルと次元の話。空想的であり、科学的でもある。
幽霊や霊界の話とちがって、一概に否定できない点もある。
ただし、私が生きている間は、絵空事である。
でも、子供のころ、宇宙旅行や火星旅行の話をSFとして聞いていたのに、世界同時中継で人類が月の上を歩いて見せた。その後費用と合わないことから、さすがの米国も旅行を中止している。
地球の軌道上に宇宙船を浮かべ、そこから宇宙へ乗り出すことはもうSFではなくなっている。
こうして、ブログを書いているときも、コンピューターの画面上でも、周囲でも時が刻まれており、確実に状況が変わってきている。
我々が住んでいる次元が3次元から4次元の間であり、時間は要素としてはあるが、見えない。我々が神のいたずらで、もう少し4次元に近ければ、時間はもっと形を変えて私たちのそばにあるのかもしれない。
若いころ、時間は無限のようにあり、退屈な日々と空虚な日々と感じていた。年を経て、時間ともう少し仲良くなり、自分と時間が連れ添って生きていることを実感してきた。
時間は変わらないが、我々が少し、3次元から4次元に移動してきたのかもしれない。
また、今年も年末を向かえ、一年の締めくくりをしなければならないこの時期。
朝の散策の間に、どこからか時計の刻む音が聞こえてくる。気のせいかもしれないが。