滋子さんが、ロシア、フランスといいだした。何をいっているのか意味が不明。
何度かやり取りしているうちに、わかってきたことは、介護に来ていただいている方から、質問を受けたらしい。私がロシアやフランスにいたことを滋子さんが話したらしい。
自分で話したいというので、机の上に写真をおいておいた。
話より、写真のほうが面白い。
あまり写真に記録するのがすきでないので、いいかげんにしか残していない。
年をとってくると、昔話のためにも、記録をのこしておいたほうがいいのかもしれない。
永井荷風は、日記をつけていたが、人に読まれることを意識して書いたらしい。さすがに文豪である。私は頭の記憶にはあるが、書いて残したものはほとんどない。すべて、頭の中にあり、いずれ、忘却のかなたに消えていく運命にある。
まだ、滋子さんはことばが不自由で、介護に来ていただいているひととの会話に困っていると思う。でも、続ける意欲は失っていない。
いいことである。
何度かやり取りしているうちに、わかってきたことは、介護に来ていただいている方から、質問を受けたらしい。私がロシアやフランスにいたことを滋子さんが話したらしい。
自分で話したいというので、机の上に写真をおいておいた。
話より、写真のほうが面白い。
あまり写真に記録するのがすきでないので、いいかげんにしか残していない。
年をとってくると、昔話のためにも、記録をのこしておいたほうがいいのかもしれない。
永井荷風は、日記をつけていたが、人に読まれることを意識して書いたらしい。さすがに文豪である。私は頭の記憶にはあるが、書いて残したものはほとんどない。すべて、頭の中にあり、いずれ、忘却のかなたに消えていく運命にある。
まだ、滋子さんはことばが不自由で、介護に来ていただいているひととの会話に困っていると思う。でも、続ける意欲は失っていない。
いいことである。