「行ってきます」と、滋子さんに、挨拶をして戸を閉めて、階段を下りる。
朝出かける前の日常である。
以前書いたように、私たちの朝の挨拶は少しニュアンスが違う。
もしかしたら、滋子さんの容態が急変し、入院、最悪の事態が起きるかもしれない。
そのとき、滋子さんとの最後はと思ったとき、明確に覚えていたいと思っている。
だから、どうしても、朝、滋子さんとの行ってきますとの挨拶は念入りである。

土曜日、訪問診療をお願いしている小林先生と1ヶ月ぶりに会う。数週間前に、妻が熟睡し、介護の人が呼びかけても反応がないことから、急遽、病院にいったことを伝えた。
小林先生いわく、人間は自分のリズムで暮らしているからねと笑いながら、答えた。
介護の人から見れば笑い事ではない。
私にとっては、いつか来る瞬間かと覚悟することである。
受け取り方が、それぞれである。

滋子さんの血液検査結果、全て健康そのもの。利尿剤はやめましょうとのこと。
これで、滋子さんの薬は便通の薬以外は全てなし。
昨年退院当時は、8種類のクスリを飲んでいたのに。
血圧も以前は、降圧剤を飲んで、最高血圧が150mmHg。
今は何も飲まずに、120mmHg。本当に健康である。

でも、体が健康であることと病気の後遺症はまったく別のものである。
じっと外を見ている滋子さんをみていると、本当は外に出たいのだろうと思ったりする。

行ってきます
ただいま

この二つのことばの間に滋子さんの静かな頑張りが今も続いている。