先日、先輩であり友人と本郷で食事をする。
最近の風潮を嘆きながら、心情を吐露する。よき先輩である。聞いてくれる人である。
以前書いたように、我々先輩は75歳の線引きをし、差別か区別かわからないけど、将来に禍根を残すことになりそうである。後輩には、そのつけを払わせそうである、
すべて、団塊の世代の退陣が大きく影響しているようであり、まったく肩身が狭い。
いっそ、全てを投げ出して、滋子さんと上海でもいって暮らそうかと考える。
帰去来の辞という漢詩がある。かつて、陶淵明が失意から冠を辞し、ふるさとへ帰るときの漢詩である。今の心情にぴったりする。
一度読んでみてください。意味がほとんど分からないかも知れません。デモ彼の心情が胸にしみてきます。
歸去來の辭

                       
歸去來兮(かへりなん いざ)  田園 將(まさ)に蕪(あ)れなんとす  胡(なん)ぞ 歸らざる
既に自ら  心を以て 形の役(えき)と爲し  奚(なん)ぞ 惆悵して  獨り悲しむ
已往の 諫めざるを  悟り  來者の 追ふ可きを  知る
實に 途(みち)に迷ふこと  其れ 未だ遠からずして  覺る 今は是(ぜ)にして 昨は非なるを
舟は 遙遙として  以て 輕し,風は 飄飄として 衣を吹く
問ふに 征夫の 前路を以ってし  恨む 晨光の熹微なるを
乃(すなは)ち 衡宇を 瞻(あふぎ)み  載(すなは)ち 欣び  載(すなは)ち 奔(はし)る
僮僕 歡び迎へ  稚子 門に候(ま)つ
三逕は 荒に就(つ)くも  松菊は  猶ほも 存す
幼を攜へ 室に入れば  酒 有りて  樽に盈(み)つ
壺觴を引きて 以て 自ら酌し  庭柯を眄(なが)めて 以て 顏を怡(よろこば)す
南窗に倚りて  以て 傲を寄せ  膝を容るるの安んじ易きを 審らかにす
園は 日ゞに渉って 以て 趣を成し  門は 設くと雖も  常に關(とざ)す
扶老(つゑ)を 策(つゑつ)き 以て 流憩し  時に 首を矯げて 游觀す
雲 無心にして  以て 岫(しう)を出で  鳥 飛ぶに倦(う)みて  還(かへ)るを知る
景 翳翳として 以て 將(まさ)に入らんとし  孤松を撫でて 盤桓とす


歸去來兮(かへりなん いざ)  交りを息(や)め 以て 遊びを絶たんことを  請ふ
世 我と 以て 相ひ遺(わす)れ  復(ま)た 駕して 言(ここ)に 焉(いづく)にか求めん
親戚の情話を 悦び 琴書を 樂しみ  以て 憂ひを消す
農人 余に告ぐるに  春の及べるを 以てし  將(まさ)に 西疇に 於いて 事 有らんとす
或は 巾車に命じ,  或は 孤舟に棹さす
既に 窈窕として 以て 壑(たに)を尋ね  亦た 崎嶇として 丘を經(ふ)
木は 欣欣として 以て 榮に向かひ  泉は 涓涓として 始めて流る
萬物の 時を得たるを  羨み  吾が生の 行くゆく 休するを  感ず


已矣乎(やんぬるかな)  形を 宇内(うだい)に寓すること  復(ま)た幾時ぞ
曷(なん)ぞ 心を委ねて  去留を 任せざる  胡爲(なんす)れぞ 遑遑として 何(いづく)にか 之(ゆ)かんと 欲す
富貴は  吾が願ひに 非ず  帝郷は  期す 可(べ)からず
良辰を 懷ひて  以て 孤り往き  或は 杖を植(た)てて  耘す
東皋に 登り  以て 舒(おもむろ)に嘯き  清流に 臨みて  詩を賦す
聊(ねが)はくは 化に乘じて  以て 盡くるに歸し  夫(か)の天命を 樂しめば  復(ま)た奚(なに)をか 疑はん


最後まで読めましたか。