伝わる体温 | 葦の髄から天井を覗く

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そんな叫ぶんだったら あげなきゃアカンで~音譜 ←○らめさんの空耳アワーに乗っかってみたはにわ


BARKSさんのこの記事 で、interlude→Listen To My Heartbeatのくだりを読んだ時、私の解釈(→ここに書いた )が、間違ってなかったんだ~って嬉しくなりました、どうもよこです、こんにちは(。・ω・)ノ゙


そこで思った、昨日書いた「音楽配信」について。


ダウンロードする時って、アルバム全曲DLする方もいらっしゃるだろうし、試聴して、気に入った曲だけ、って方も多いと思う。


それも、音楽の楽しみ方。


曲順や、曲間の時間までこだわった、って話を耳にして、なんかこう・・・


うまく言えないけれど、このままCDという作品が衰退していったら、作り手の、そういう、「温度」も伝わらなくなっちゃうんだなぁ~って思いました。


ジャケットデザインだったり、歌詞だったり、アーティストの方が、「Thank You」と綴る相手とか(そこに、すべてのファンの方って書いてあると、すごくうれしい)。


そういう、ぜんぶ、ぜーんぶひっくるめて、その作品に携わったすべての方の思い、体温を感じて、私は音楽を楽しみたい。


・・・って思わせるのも、今のところ、三浦大知だけなんだけれど。


そういう、絆・・・って言っちゃうと大げさだけれど、そういうものを感じたい、と思わせる相手と、体温を感じたい、って思う人がいるのなら、CDはなくならない・・・かな。



本もそう。


最近の、あれ←すみませんねぇ。言葉を知らなくて。タブレットで読めるやつ。


図書館で借りて済ますことがほとんどの私が言うなって話かもしれませんが(それでも、気に入った本はその後買うけれど)、

作家さんが生み出した言葉たち、それから、作家さんの思いを表現する装丁画、装丁・・・


そういった体温を、やっぱり感じたいなぁって思う。


もしかしたら・・・原稿用紙に肉筆で、ならまだしも、パソコンで書く作家さんがほとんどだろうから、それをタブレットで読まれても違和感ないのかもしれないけれど。入ってくる原稿料や著作権料に変化がないのであれば。



そのうち、市の広報とか、回覧板、とか・・・


学校便りや学級通信も、すべてパソコンで済むようになっちゃうのかも。


今でも既に、広報はポストに入ってるし、回覧板も玄関先に置いてあるだけだけれど・・・。


私が子供の頃は、今住んでる所より、ずっとずっと田舎だったので、


ピンポンも押さずに、玄関がちゃっと開けて、「こんにちはー!かいらんばん、お願いしま~す!!」だった(笑)


それでお菓子頂いたりだとか。そういうの、当り前だったなぁ。



そうだそうだ。子供がやってる通信教育。


来年度から、紙ベースのテキストか、タブレット端末での学習か、選べるようになっていて。


赤ペン先生の人件費削減か!と思いました。


タブレットが学習を促してくれて、合っていたら褒めてくれて。時代の流れかー。


赤ペン先生の、丁寧な字。はなまる合格手書きのコラショ。ほら、そこにもぬくもりがある(いや仕事ですけれどもねw)


ウチのコは、添削を出してもらえるシールを集めてて(枚数によって、プレゼントがもらえるので)、

タブレットではなく、今まで通り、テキストを選びました。

(タブレット端末での学習は、添削がないので、シールがもらえない・・・と思ったら、要望が多かったらしく、タブレットでも、年に数回、紙ベースの添削をするように変更になった)




伝わりずらくなるぬくもり。大切にしたいな。


アルバムのケースが紙で、今までにはない凝った作りでそんなところから伝わる体温もうれしいのだけれど、

うっかりテーブルの上にこぼれたお茶とかでふにゃっとかさせたくなくて、

結果、透明ビニールの袋を捨てられなくて毎回ご丁寧にしまう。結果、粘着力がもう弱い。