先日、話したことのない人相手に説明をしたりしなければいけない機会があった。

たいした内容でもないのに、非常に不安を感じたり、緊張したりした。

同僚と打ち合わせをする事に恐怖を覚えた。

見知らぬ人よりも、むしろ知っている同僚の前で自分を出すことに恐怖を感じるんじゃないのか?

ということに気づいた。なるほど。

それも、自分が言うことを決めていた場合よりも、何かを言わされる、という

シチュエーションに、病的なほどの恐怖を感じるようなのだ。

豊岡先生が以前ブログで手のツボで、不安を抑えたり、言いたいことが思うように言えない

時に押すツボを紹介していたので、一生懸命押してみた。

いやはや、苦しかったけど、なんとか乗り切った。

その後、自分の中で、また変化があった。
==== 引用 ====
1)日本はもう立ち直れないと思う。だから、
2)海外で勉強してそのまま海外で働く道を真剣に考えてみて欲しい。
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自分を改革して、成長させるには、とにかく勇気をもって一歩を踏み出す。
2)をしなければいけないかは、わからない。

自分の引き受けた環境が、そうだと言えば、そうする。

1)は知らない。
外国で生活したことがないから。
でも、世界というものを知りたい。と思う。
世界のどこに行っても生活することができる能力を開発できたら楽しいだろうなあ。
うちの奥さんは、あまり色々なところに行ってもらいたくないみたいだ。
娘も小学校1年生だし。
そういうことも考え合わせると、いきなり行動もできないが。

閉塞感はある。世界に同じ閉塞感があるのかはわからない。
標準から外れた、ちょっとずれちゃった空気読めない人間が、力を発揮しにくいのかな、という気はする。
一回標準に合わせろや、という暗黙の圧力はあるような気がする。

そういう感じを引き受けてしまった人間は、一回苦しんで、やっぱり自分が
前に進むには、何かしらの答えを見つけるしかない。
これからは、自分の思考パターンと、社会で必要になる

思考パターンのずれについて、記録するということをやっていこうと思う。

一度に書ききれないので、少しずつ記録していく。

どう改善したかをあとから見直せるようにする。



仕事の全体像からみると、枝葉末節なことが気になり、

そこを調べてみたくなったり、原理を知りたくなったりする。

仕事よりも自分の興味を優先したくなるということだろう。

何をもって普通と言えるのかわからないが、普通の人は、

『そんなことはやっている場合ではない』というブレーキがしっかり働くので、

必要とされている答えを出せる。

自分の場合は、そのブレーキが外れているので、ずれた答えを出す。


それに対する一つの回答が、『自分の中の妄想とか、興味を完全に殺す』

ということである。

仕事となる対象の事意外は考えない。湧いてきても殺す。

そうすると少しましになったような気もする。

以前は、そういう意識のコントロール自体が出来なかったので、

かなり病気の状態だったのだと思う。