現状と、どういう方向性で生きることを望むのか
現状は、生きるために自分の妄想、想像、
いろいろイメージすることを踏みつぶして黙殺する必要がある。
妄想、想像、イメージを潰して無視したところで、
並以上にできるわけでもなければ、人の中に入っていけるわけでもないのは現実。
ただ、何とか感情を無にすることによって、
日々の失敗や葛藤をそのまま認識した上で
無視して進むことができるだけの話である。
好かれていない、どうしても好かれるキャラクターにはならない。
そういうことをあえて黙殺する。黙殺せずに心に刺さった状態でいると、
たいしてましでもない状態がよけい悪くなるだけである。
好かれていないということは、潜在的に攻撃の対象になりやすいということである。
これは、良いとか悪いとかではない。事実である。
誰も逆恨みすることはできない。
自分の資質と、環境が追いつかなかっただけである。
この事実を踏まえた上で、できる対策を考える必要がある。
自分の望む生き方ではない、とかは言っても仕方が無い。
まずはそうしないとダメージを受けるからである。
それは、防御である。
そして、厚顔である。
もともと会議で何かを喋ってもコミュニケーションになるわけがないことをしっかり認識する。
喋りきる内容を喋りきって、できるだけ穴が無いようにする。
俺にとって何かを言う、表現するということはそういうことである。
相手が、「何だこれ?」と思っていても全く関係ない。
※実際は関係あるし、痛いほどわかっているのだが、
そこでつまづいていては前に進めないだけである。
どうしようもなく残念なくらい手ごたえが無くつながりを感じられない自己表現である。
残念なのだが、進むしかない。
俺の中で理屈が通っていて、
その理屈の世界を把握するということをしっかりやる必要がある。
※人によっては、それを屁理屈という。
屁理屈であっても、自分を破壊されるぐらいなら守るほかは無い。。。
相手と共感する、というゴールなど間違っても描いてはならない。
※補足すると、きっと共感はものすごく大切なことなのだが、自分がそれをやろうなどという
大それた事をやると、間違いなくパニックに陥り失敗するからである。
極端なことを書いているが、自分への処方箋である。
相手に何かをプラスにするために話すことができるなどと、
間違っても思ってはならない。そういうのは予断という。
まずは、人の目にさらされている中で、その視線を無視して自分の行動を完結させる必要がある。
※きっとあまりに痛く、あまりに極端で覚悟しすぎに感じられるかもしれないが、
これが俺なのであり、避けて通ることができない。