先日、大宮ソニックシティで行われたスフィアの「チョコ祭り2015」の感想を書いた。
基本的に私はこういう感想文なんかはその時の思いつきを行き当たりばったりに書き連ね、あまり推敲したり表現や文脈に悩んだりはしない。誤字脱字などのチェックは一応するけれど、それだってざっと読み返して目に止まったところを直すだけだ。
なぜなら自分は語彙脆弱だし表現力に乏しいのはわかっているから、うんうん頭を捻ったところで出てくる物はたかが知れている。ならばその時、書こうという意識が高いうちに勢いに任せて書いた方が納得いくからだ。面白い、面白くないではなく自分が納得いくか、いかないか。もちろん文章として残る以上は面白いにこしたことはないが、時間をかけて考えてもさほど面白さは変わらないのは今まで経験したことである。
さて、そんな私が「チョコ祭り2015」をいつもの勢いに任せて書いている途中、一度下書きを保存してざっと読み返してみた。すると、当日の出演者の衣装の描写をしたあたりから雲行きが怪しくなり、本筋を離れはじめ、さらに数行に渡ってなぜか延々と戸松遥さんの脚について書かれており、なおかつそこから高垣彩陽さんの脚について書こうとしているではないか。
これはさすがに酷い脱線でありムダに長くなってしまうので書き直した訳である。あのまま書いていたら「チョコ祭り」の感想ではなくなってしまう。
そんなようなことをちらっとツイッターでつぶやいたら、日頃お付き合いのある方々が「何をしている、続きを書け」、「需要を見誤るとはわかっとらんな」、「おまえはそういう方向にいってナンボだろう」と、概ねそのようなことを言われたのでこの際書いてみようと思った次第。
最初は、これを読んだ日頃お付き合いのある方々が何て思うのかと考えてちょっと躊躇いもした。
だってそりゃあアナタ、「うわ、PROTOこんなこと考えてたのかよキモ」とか思われたくないじゃないですか…
あくまで勝手なイメージだが、声優好きな人たちって直接的な容姿の好みや善し悪しを語るのってあまり好まないような気がするのだ。私はそんなことないけれど。
しかし幸いにして私の周りの人たちは寛容な心を持っている方ばかりなのでちょっと書いてみようと思う。なあに、どうせみんなそういう話がしたいのに照れや気恥ずかしさがあって言わないだけなのだ。この年になると何を今更なのである。
そもそもの始まりは「チョコ祭り」で印象に残っていたとある場面。
ステージ上で寿美菜子さんが高垣彩陽さんの歩くモノマネを披露した時だ。まず寿さんがステージ前方に出て上手から下手へ高垣さんの歩くモノマネをした。続いてそれを検証するように実際に高垣さんも同じように歩いたのだが、ここでふと、当日の高垣さんのスカート丈が短いことが気になり始めたのだ。しかしイベント中はそのことについてあまり深く考えることなく終えた訳だが、いざそのイベントを後から振り返った時、またそのシーンで「そういえばあやひーのスカートって他にメンバーに比べて短いような…」と思い始め、そこで先日発売されたスフィアのベストアルバムの初回限定版についてくるDVD「NEVER ENDING PARK!!!!」でもあやひーのスカートは短かったな…などと想像は飛躍するのである。
そうなのだ。いつの頃からか、あやひーのスカートは短くなっているのではないか。そんな気がしていたのだ。以前はそんなこと思わなかったが、最近、と言ってもここ1、2年くらいだろうか、ステージ衣装に身を包む彼女をみるとなぜか脚が気になる。そもそも私が脚フェチなところもあるが今はそれは置いておく。今までだってさんざん彼女のステージ衣装は見てきた。なのになぜ今になって…
先日秋葉原のゲーマーズ本店で行われているスフィアの衣装店に行った際、メンバーそれぞれの衣装のスカート丈を計ってみたい衝動に多少は駆られたが、もちろんそんなことはできない。ならば今まで雑誌等で撮りおろされたグラビアで検証してみるしかない。ちょっと押し入れを探してくるのでしばし中断である。
……なるほど、そういうことだったのか。
手元にある声優雑誌等を振り返って眺めていき1つの結論に至った。スフィアの4人の衣装で脚を「出す派」、「出さない派」に分けた場合、前者は戸松・高垣、後者は寿・豊崎とすることができるようだ。これはちょっと意外であったのだが高垣さんは「脚見せ派」なのである。
ではなぜ以前から「脚見せ派」の高垣さんにここ1、2年で急に気になり始めたのかと言うと、これはひとえに彼女が「いい女」に成長したからではあるまいか。いや、断言していい。「いい女」になったからだ。Music Ray'nのオフィシャルサイトからあやひーのページへ行くと隔世の感がある。勿論これはこれで良いのだけれど、個人的には確実に今の彼女の方が“可愛い”と“美しい”のレベルが違うと思う。
つまりここ数年での彼女の成長、容姿に磨きがかかってきたので自然とそちらに注目してしまう。すると今まで気づかなかった「あやひーの脚、いいね」という流れになる訳である。
では彼女の脚のどこに惹かれるのか。
それはふくらはぎから足首にかけての曲線美にある。
あくまで個人の見解であり、当たり前ですがそこまで実物を凝視したことはないのだが、極端に言えばボウリングのピンを逆さまにしたように、ふくらはぎの肉付きに比べて足首が非常に細い。キュッと締まってる(そういう写真が多い)。そのラインにとても魅力を感じるのだ。
しかしここで1つ忘れてはいけないことがある。
スフィアで脚を語るならば避けては通れない人物。そう、戸松遥である。
彼女の脚もまた見る者を魅了する脚線美の持ち主であり、それは声優ファンなら周知の事実であろう。その声優界の脚線美三景に挙げられる美しさは一幅の名画である。
彼女の脚の美しさに関しては今までそこかしこで賞賛されており、今更そのことについて改めて記す必要もないだろうが、せっかくなので少し触れさせていただこう。なぜなら今まで書いてきた高垣さんの脚の美しさとは対照的だからである。
戸松さんの脚の魅力と言えば、そのモデルのような細くすらっと延びた形ではないだろうか。高垣さんとは対照的にふとももから足首にかけてまでの直線的な美しさなのである。まるで一切のムダを削ぎ落としたような、空気抵抗を極限までなくしたようなそのフォルムには息を飲むばかり。F1マシンの設計者も納得のデザイン。さぞかし足4の字固めをかけやすいことであろう。
やはりなぜ彼女の脚がそれほどまでに評価が高いのかと言えば、それは全体のバランスが良い点も挙げられるだろう。一般的に言われる「美脚」の基準である「長くて」、「細くて」、「すらっとした」脚である。ただし、彼女の場合は棒のように細長い訳ではなく、必要なところにはちゃんと肉付きがあり、それでいて筋肉がつきすぎず、余計な肉もない。文字通り「絵に描いたような」素晴らしい脚なのだ。
ここまで褒め言葉しか見つからないその脚を、1度ぜひ計ってみたいという好奇心に駆られるのは私だけだろうか。
美脚には黄金比率というものがあり、それは以下の通りである。
1・膝からかかとまでの長さ:股から膝までの長さ=5:3
2・太もも:ふくらはぎ:足首=5:3:2
2はそれぞれの部位の最も太い部分を計る。
まったく不純な動機ではなく、単純に1度計ってみたいのだけどどこかで企画してくれませんかね…
それにしても、である。今回は容姿の中でも脚に注目して色々と書き連ねてきたが、実は非常に気になるけれど参考資料の少なさから敢えて言及してこなかった箇所がある。
つま先である。
できることなら彼女たちの素足をぜひ見てみたいのだ。探せばどこからかそういう画像もでてくるかもしれないが、いまいちこれと言った物が見つからず今回は涙を飲んで諦めた。どの雑誌やインターネット上に散らばってる画像を探しても、これは!という彼女たちの素足の画像が出て来ない。見つけられない。
人は隠されたベールの奥にある物には興味を掻き立てられるものである。それが神秘性を秘めているなら尚更である。うら若き女性の素足という、特に恥部という訳ではないがあまりまじまじとは見られないところに、普段すぐそこにあるのに気づけない特別な何かを感じずにはいられない。
それが愛と慈しみに溢れた高垣彩陽の曲線的な美の先に、溌剌と笑顔に溢れた戸松遥の直線的な美の先にあるのだと思うと、そこに畏敬の念を抱かずにはいられないのだ。
ー追記 18:48ー
え~、コメント欄でご指摘いただきましたが戸松遥さんには素敵な写真集が2冊もございますね。ええ、ワタクシ恥ずかしながら所持しておりませんが故に上記のようなことを書いてしまいました。不勉強であり不誠実だと言わざるを得ない状況を鑑みて、近いうちに写真集を買い求めてじっくり堪能したいと思います。ご意見ありがとうございました。
基本的に私はこういう感想文なんかはその時の思いつきを行き当たりばったりに書き連ね、あまり推敲したり表現や文脈に悩んだりはしない。誤字脱字などのチェックは一応するけれど、それだってざっと読み返して目に止まったところを直すだけだ。
なぜなら自分は語彙脆弱だし表現力に乏しいのはわかっているから、うんうん頭を捻ったところで出てくる物はたかが知れている。ならばその時、書こうという意識が高いうちに勢いに任せて書いた方が納得いくからだ。面白い、面白くないではなく自分が納得いくか、いかないか。もちろん文章として残る以上は面白いにこしたことはないが、時間をかけて考えてもさほど面白さは変わらないのは今まで経験したことである。
さて、そんな私が「チョコ祭り2015」をいつもの勢いに任せて書いている途中、一度下書きを保存してざっと読み返してみた。すると、当日の出演者の衣装の描写をしたあたりから雲行きが怪しくなり、本筋を離れはじめ、さらに数行に渡ってなぜか延々と戸松遥さんの脚について書かれており、なおかつそこから高垣彩陽さんの脚について書こうとしているではないか。
これはさすがに酷い脱線でありムダに長くなってしまうので書き直した訳である。あのまま書いていたら「チョコ祭り」の感想ではなくなってしまう。
そんなようなことをちらっとツイッターでつぶやいたら、日頃お付き合いのある方々が「何をしている、続きを書け」、「需要を見誤るとはわかっとらんな」、「おまえはそういう方向にいってナンボだろう」と、概ねそのようなことを言われたのでこの際書いてみようと思った次第。
最初は、これを読んだ日頃お付き合いのある方々が何て思うのかと考えてちょっと躊躇いもした。
だってそりゃあアナタ、「うわ、PROTOこんなこと考えてたのかよキモ」とか思われたくないじゃないですか…
あくまで勝手なイメージだが、声優好きな人たちって直接的な容姿の好みや善し悪しを語るのってあまり好まないような気がするのだ。私はそんなことないけれど。
しかし幸いにして私の周りの人たちは寛容な心を持っている方ばかりなのでちょっと書いてみようと思う。なあに、どうせみんなそういう話がしたいのに照れや気恥ずかしさがあって言わないだけなのだ。この年になると何を今更なのである。
そもそもの始まりは「チョコ祭り」で印象に残っていたとある場面。
ステージ上で寿美菜子さんが高垣彩陽さんの歩くモノマネを披露した時だ。まず寿さんがステージ前方に出て上手から下手へ高垣さんの歩くモノマネをした。続いてそれを検証するように実際に高垣さんも同じように歩いたのだが、ここでふと、当日の高垣さんのスカート丈が短いことが気になり始めたのだ。しかしイベント中はそのことについてあまり深く考えることなく終えた訳だが、いざそのイベントを後から振り返った時、またそのシーンで「そういえばあやひーのスカートって他にメンバーに比べて短いような…」と思い始め、そこで先日発売されたスフィアのベストアルバムの初回限定版についてくるDVD「NEVER ENDING PARK!!!!」でもあやひーのスカートは短かったな…などと想像は飛躍するのである。
そうなのだ。いつの頃からか、あやひーのスカートは短くなっているのではないか。そんな気がしていたのだ。以前はそんなこと思わなかったが、最近、と言ってもここ1、2年くらいだろうか、ステージ衣装に身を包む彼女をみるとなぜか脚が気になる。そもそも私が脚フェチなところもあるが今はそれは置いておく。今までだってさんざん彼女のステージ衣装は見てきた。なのになぜ今になって…
先日秋葉原のゲーマーズ本店で行われているスフィアの衣装店に行った際、メンバーそれぞれの衣装のスカート丈を計ってみたい衝動に多少は駆られたが、もちろんそんなことはできない。ならば今まで雑誌等で撮りおろされたグラビアで検証してみるしかない。ちょっと押し入れを探してくるのでしばし中断である。
……なるほど、そういうことだったのか。
手元にある声優雑誌等を振り返って眺めていき1つの結論に至った。スフィアの4人の衣装で脚を「出す派」、「出さない派」に分けた場合、前者は戸松・高垣、後者は寿・豊崎とすることができるようだ。これはちょっと意外であったのだが高垣さんは「脚見せ派」なのである。
ではなぜ以前から「脚見せ派」の高垣さんにここ1、2年で急に気になり始めたのかと言うと、これはひとえに彼女が「いい女」に成長したからではあるまいか。いや、断言していい。「いい女」になったからだ。Music Ray'nのオフィシャルサイトからあやひーのページへ行くと隔世の感がある。勿論これはこれで良いのだけれど、個人的には確実に今の彼女の方が“可愛い”と“美しい”のレベルが違うと思う。
つまりここ数年での彼女の成長、容姿に磨きがかかってきたので自然とそちらに注目してしまう。すると今まで気づかなかった「あやひーの脚、いいね」という流れになる訳である。
では彼女の脚のどこに惹かれるのか。
それはふくらはぎから足首にかけての曲線美にある。
あくまで個人の見解であり、当たり前ですがそこまで実物を凝視したことはないのだが、極端に言えばボウリングのピンを逆さまにしたように、ふくらはぎの肉付きに比べて足首が非常に細い。キュッと締まってる(そういう写真が多い)。そのラインにとても魅力を感じるのだ。
しかしここで1つ忘れてはいけないことがある。
スフィアで脚を語るならば避けては通れない人物。そう、戸松遥である。
彼女の脚もまた見る者を魅了する脚線美の持ち主であり、それは声優ファンなら周知の事実であろう。その声優界の脚線美三景に挙げられる美しさは一幅の名画である。
彼女の脚の美しさに関しては今までそこかしこで賞賛されており、今更そのことについて改めて記す必要もないだろうが、せっかくなので少し触れさせていただこう。なぜなら今まで書いてきた高垣さんの脚の美しさとは対照的だからである。
戸松さんの脚の魅力と言えば、そのモデルのような細くすらっと延びた形ではないだろうか。高垣さんとは対照的にふとももから足首にかけてまでの直線的な美しさなのである。まるで一切のムダを削ぎ落としたような、空気抵抗を極限までなくしたようなそのフォルムには息を飲むばかり。F1マシンの設計者も納得のデザイン。さぞかし足4の字固めをかけやすいことであろう。
やはりなぜ彼女の脚がそれほどまでに評価が高いのかと言えば、それは全体のバランスが良い点も挙げられるだろう。一般的に言われる「美脚」の基準である「長くて」、「細くて」、「すらっとした」脚である。ただし、彼女の場合は棒のように細長い訳ではなく、必要なところにはちゃんと肉付きがあり、それでいて筋肉がつきすぎず、余計な肉もない。文字通り「絵に描いたような」素晴らしい脚なのだ。
ここまで褒め言葉しか見つからないその脚を、1度ぜひ計ってみたいという好奇心に駆られるのは私だけだろうか。
美脚には黄金比率というものがあり、それは以下の通りである。
1・膝からかかとまでの長さ:股から膝までの長さ=5:3
2・太もも:ふくらはぎ:足首=5:3:2
2はそれぞれの部位の最も太い部分を計る。
まったく不純な動機ではなく、単純に1度計ってみたいのだけどどこかで企画してくれませんかね…
それにしても、である。今回は容姿の中でも脚に注目して色々と書き連ねてきたが、実は非常に気になるけれど参考資料の少なさから敢えて言及してこなかった箇所がある。
つま先である。
できることなら彼女たちの素足をぜひ見てみたいのだ。探せばどこからかそういう画像もでてくるかもしれないが、いまいちこれと言った物が見つからず今回は涙を飲んで諦めた。どの雑誌やインターネット上に散らばってる画像を探しても、これは!という彼女たちの素足の画像が出て来ない。見つけられない。
人は隠されたベールの奥にある物には興味を掻き立てられるものである。それが神秘性を秘めているなら尚更である。うら若き女性の素足という、特に恥部という訳ではないがあまりまじまじとは見られないところに、普段すぐそこにあるのに気づけない特別な何かを感じずにはいられない。
それが愛と慈しみに溢れた高垣彩陽の曲線的な美の先に、溌剌と笑顔に溢れた戸松遥の直線的な美の先にあるのだと思うと、そこに畏敬の念を抱かずにはいられないのだ。
ー追記 18:48ー
え~、コメント欄でご指摘いただきましたが戸松遥さんには素敵な写真集が2冊もございますね。ええ、ワタクシ恥ずかしながら所持しておりませんが故に上記のようなことを書いてしまいました。不勉強であり不誠実だと言わざるを得ない状況を鑑みて、近いうちに写真集を買い求めてじっくり堪能したいと思います。ご意見ありがとうございました。