普段お世話になっているスフィア界隈の友人達がいる。いわゆる“身内”の人達なのだが、その人達は自らをこう呼ぶ。「やっかい勢」と。
いわゆるアングラ的な趣味を持つ人達は自らを蔑む表現を使うことが多い。好んで使っていると言っていい。あまり大きな声で家族や他人に言えない趣味、そういう物が好きなことへの後ろめたさなんかがそうさせているのだと推察するが、実は自分達で蔑みながらもどこかでちょっと優越感を抱いてもいる。
「世間一般、大多数の人達には理解できないかもしれないが、おれはわかってるんだぜ」という、ある種の天邪鬼と言うか、そういうひねくれたところに良さを感じるのである。
そういう意味では「声優ファン」なんかは実にアングラ的な趣味であろう。はっきり言って、私は身内にバレたらどうしようかと思いながら毎月イベントに足を運んでいる次第である。
しかし「惚れた弱み」と言うか、好きになってしまったものはしょうがない。豊崎愛生は可愛いし、スフィアのライブは楽しいのだ。その可愛さ、楽しさを共有できる友人達との付き合いは生活に潤いを与えてくれているとも思う。
しかし。しかしである。世間はかくも残酷なのだ。神が与えたもうた試練なのか。
日本は一夫一婦制である。世界中のほとんどの国がそうであるように。
平安時代くらいにはそういう制度が設けられたという話だが、そうなると1200年以上も昔から日本では1人の男には1人の女がパートナーとして婚姻関係を結ぶという社会的制度が確立されている訳だ。
こうなると、最早我々のDNAにはそういう遺伝情報がプログラミングされているのではないか。
誰に教わるでもなく、男は1人の女を愛するものだと無意識的に理解しているのではないか。
しかし。しかしである。男はかくも残酷なのだ。本能が与えたもうた試練なのか。