お祭り騒ぎのような結婚式が終わった数日後、私は北海道に研修に行きました。所長になる為には誰しも経験する事なので否応なしに行きました。
しかし、これが雪乃との永遠の別れになるとは想像できませんでした。
最後の晩もいつになく私を求めて来ました。
私も半月以上会えなくなるから精一杯頑張りました。太陽が黄色く見えたのは久しぶりの状態で北海道に行きました。
毎日雪乃から電話はありましたが、残り3日目から電話が無いから、一応心配はしていましたが、まさか危篤状態とは思いませんでした。
政宗さんから連絡が来たのは帰る日の朝でした。
しかし、豪雪で飛行機も飛ばない状態でした。
四時間遅れで羽田行きが出ました。
東京から新幹線で急ぎましたが、私の来るのを待っていた雪乃は二時間前に死去していました。
余りの悲しみに涙も出ませんでした。
私の妻の待遇で葬儀一式を行いました。
慶子と重義も手伝いに来てくれていましたが、なんせ人が多くて会話も殆ど出来ずに別れました。
以降なんだかんだで十年以上会いませんでした。