上越営業所
でも、フル回転で働いた
着任して1年後に 営業所長 に就任
23歳でした
他の営業所長は40代の方ばかり・・・
嬉しかった半面、やりづらかった
営業所は6人体制
事務員さんが一番年下で2歳年上
とにかく、誰より時間的にも、量的にも仕事をした
僕が一番年下だけど、みんな付いてきてくれた
感謝してます
その功績を買われて、新潟県の柏崎市にも出店
柏崎営業所長も兼務
その時は勢いづいてました
営業成績も誰にも負けませんでした
ただ、若かったので周りからの ねたみ・つらみ も結構あったりして
初めての経験なので、不整脈にもなりながら頑張りました
せっかく頑張って、評価されていたのに、神様のいたずらか、
その会社も、1回目の不渡り、そして倒産
建設機械が商品だった為、数十億の倒産で 国税局 が・・・・・
さぁ、大パニック
従業員は不安がる
僕は、群馬の高崎営業所長に言われた
『 深くまで考えるな、目の前の事に集中しろ! 』 の言葉を実行
営業所の人間には、『 大丈夫 』 を繰り返す
根拠のない自信
殆どの営業所の人間は辞職したが、上越営業所は一人も欠ける事無く残ってくれた
売り上げも上越営業所は最後まで黒字
最後の僕の仕事・・・・
営業所員の就職先・・・・・
小さい業者への支払い・・・・
うちの会社の支払いが無いと潰れてしまうような地元の会社への支払いは、
当時取引のあった、8社の大手ゼネコンの経理部長に頭を下げ、事情を説明し、
新会社を立ち上げ、売り上げを新会社へ入金してもらった
国税局は、新設の上越・柏崎営業所はノーマークだったので、
不渡りからの3ヶ月間で、約3,000万円作れた
そのお金で、地元の業者さんへ支払い完了
物凄く感謝され、10社近くから引き抜きが来た
その中から、大会社を絞り込み交渉
僕一人では無く、6人全員だったらOKしますと・・・・
住友建機 (メーカー)がOKしてくれて、みんなの就職先も確保完了
僕は、責任を果たすため、死に物狂いで働いて数字を作った
住友で1年間働き、札幌へ帰る事を決意する
会社に申し出たら、もう1年頑張ってくれと言われ、もう1年新潟で頑張った
この時は、本当に身も心もボロボロだったと思う
絶好調 と 最悪 を経験した
地元の女性との 大恋愛 もあった
地元の商工会のJCの皆さんにも大いに助けられました
一生懸命に生きてました
本当に波乱万丈でした
疲れた僕は札幌に帰ります
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26歳でした
続