今までの人生



を振り返ってみようかなぁ

なんて思い

なんとなく書いてみます・・・・



僕は、男3人兄弟の長男として、北海道小樽市手宮で生まれた

3歳から赤岩保育園に通い

7歳まで小樽の高島小学校に通っていた


今では考えられないが、6歳の時には一人でバスに乗り歯医者へ通っていた

平和だったのか、田舎だったのか、本当に一人で通っていた

まぁ、金持ちじゃなかったから誘拐の心配は無かったんだろう

何となく、この頃の記憶は薄っすらある



小学校2年生になる時に、父親の転勤

青森・・・・

父親は大手製薬会社のサラリーマン

突然の辞令

僕は、泣いた記憶がある

多分、友達と別れる事で泣いたような・・・・


当時、祖母も一緒に暮らしており、自宅売却まで祖母が小樽に残り、

僕たちは学校がある為、青森へ

嫌だったなぁ

新しい学校って

青森市立大野小学校って所

親も心配していたらしい

今なら、親として僕も理解できるけど・・・

イジメとかね・・・


ところが転入初日、

友達2人と肩を組んで家に帰ってきたらしい

母親は驚いていた

更に4~5日後、僕は青森弁になっていたらしい・・

『わ』、『な』、『まいねぇ』、『○○だっきゃ』の連発・・・

『僕』、『あなた』、『駄目』、『○○だったら』の意味


たしか、当時友達に 『 僕と遊ぼう 』 と言ったら、

『 僕って言う人と遊ばない 』って言われた


ただ、子供の順応性はスゴイ


そして、2年生が終わる頃

また、父に突然の辞令

名古屋に転勤

もちろん家族も・・・


津軽弁バリバリの小学生は名古屋に行く事になった

訛りがスゴイ所から、訛りがスゴイ所へ