断捨離ね。
私は何でもポイポイ捨てるのが苦手で
何でも取っておきたい人なので、あまりに溜まってしまうと
その情報やモノの多さに呆れて、
一気にガァァァと捨てるタイプなんですが
モノだけでなく他の物も「手離す」ことが必要な時ってあるんだなと感じました。
それがもしかしたら、私にとっての今なのかもしれない。
10年ひと昔
と、いうもので
振り返ってみたら、新しい人生を歩き始めてから今年でまる10年が経っていました。
入園したばかりの幼稚園を3ヶ月で辞めさせ
ヴィンテージワインを数本とレコードとCDを箱に詰め、
一緒に暮らしていたイグアナの視線に後ろ髪引かれながら出てきた年からまる10年。
この10年でたくさんの人に助けられ、
仕事でも遊びでも趣味や勉強に関しても
たくさんの人と出会い、たくさんの人から離れてきました。
人と人だから、良い事も辛いこともたくさんあったな。
それはみんな同じだけど、
この10年私は
全速力で走って、全力で転び、そして
これ以下はないくらい落ち
這いずり回り…
って書くといかにも苦労してるみたいだけど、そんなこともないんだな。
その時はそんな風に思ってないから。
一直線にやってきただけでそれを後から笑い話で人に話すと
「な、なんじゃそりゃ??」
みたいな反応されるだけで、本人、無我夢中で苦しさが麻痺っているわけです。
で、
10年経ったこの年の年末にふと、感じた事がありました。
辛かったり悲しかったり苦しかったりした思い出って
取っておく必要があるのだろうか?
あの時、わたしこんなに悲しくって~~
って思い返す必要はあるのだろうか?
いらな~~い!!!
そこで「断捨離」
人をもののように扱うわけでも、そんな風に思っているわけでもないですよ。
空気の、波動の入れ替えが必要な時ってあると思うんです。
人をもののように扱うわけでも、そんな風に思っているわけでもないですよ。
空気の、波動の入れ替えが必要な時ってあると思うんです。
大切だと思っていた仲間でも
全く噛み合わなくなることがある。それはきっとね
波長が変わったということ。
もちろんきっかけになる出来事があっての事だけど
その仲間の全ての方々との交流を途絶えたこともあった。
「手離す」ことは人生のなかで必要なことだと思う。
離れていくにはちゃんと理由があってその人たちからの学びが終わったという事。
だから、ありがとうと言って忘れてしまう。
そう考えるとこの10年
誰に追い出されるわけでもなく
誰に誘われるわけでもなく
同じ場所に留まらず登ったり落ちたりしながら
ステージを変えてきたんだな。
これからの10年
私はどこへいくのだろう。
そんなこと誰にもわからないけど、また新しい一歩を踏み出すことになるのかもしれない。
なかったことにするのではなくて
ありがとうで送ろう。空の果てに。
これで、不要な思い出とさよならができそうだ。
これで、経験が染み付けた先入観とさよならができそうだ。