さらけ出さなくてもいいのに さらけ出そうとして

壊れそうになった アイデンティティを守ろうと、

自らの組織を補強してくれそうな何かを

探そうとする。

新たに降り積もるものを風で飛ばないように

静かにかき集める。

それは胸の中にしまうためにあるのか?

それとも他者の共感を得るためにあるのか?


私は青春「期」に何かを置き忘れたのだろうか?

置き忘れたものが多すぎるのかもしれない。

それともそれは、今埋まらない何かから、逆行的に影響を被っているのだろうか?

しかし、その何かを埋めるのも怖い。今まで育った何かを失ってしまう気がして。


私は答えを求め過ぎなのだろうか?