米澤穂信 『春期限定いちごタルト事件』 | Pの食卓

米澤穂信 『春期限定いちごタルト事件』

『夏期限定トロピカルパフェ事件』 が発売され、各方面で好評を得ている米澤穂信さん。

土曜日の午後、ふと風に誘われて、紀伊国屋に入ったところ目に飛び込んできた一冊。

その一冊がとてもとてもおもしろく、土日は楽しくミステリな生活ができました。


今日ご紹介いたしますは、米澤穂信さんの 『春期限定いちごタルト事件』 です。


米澤 穂信
春期限定いちごタルト事件

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小鳩君と小佐内さんは、恋愛関係にも依存関係にもないが互恵関係にある高校一年生。きょうも二人は手に手を取って清く慎ましい小市民を目指す。それなのに、二人の前には頻繁に謎が現れる。名探偵面などして目立ちたくないのに、なぜか謎を解く必要に迫られてしまう小鳩君は、果たしてあの小市民の星を掴み取ることができるのか?新鋭が放つライトな探偵物語、文庫書き下ろし。

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ライトノベル的な印象を受け、どうにもレジに持っていくのが躊躇われていたのですが、

桜が散る散る春嵐の中、どういうわけかすんなりと手に取ることができました。

さすが 『春期限定』 です。 宣伝に偽りなし!


米澤穂信さんの作品を全て読んだわけでも無く、また本人に話を聞いたわけでも無く、

ただの一読者としての感想なのですが、米澤穂信さんはキャラ萌え作家さんだと思います。


《キャラ萌え》 という言葉を否定的に使っているわけではありません。

ホームズ、ブラウン神父、明智小五郎に御手洗潔などなど、

古来より名探偵と呼ばれる探偵たちには "キャラ萌え" の要素があると思います。


強烈な個性により、超人的な論理の飛躍を見せ、真相を看破する。

探偵小説の常套手段だと思いますが、"強烈な個性" が最も重要な要素だと思います。


例えば、何某刑事が突然 「君は弓道をしているね。」 と言い、関係者を驚かせた後、

続けて 「何、簡単なことさ。左手の手の内にタコがあったからね」 などと部下に言っている姿・・・

あんまりパッとしない上、なんだか残念な気持ちにもなってしまう。

やはり、ホームズのような特殊な人間によって探偵してもらいたいと思います。


まあ、僕の趣味は置いといて、"キャラ萌え"だっておもしろい、という話で進めます。


『春期限定』 も 《古典部シリーズ》 に則ってキャラ萌え路線全開だったと思います。

《古典部シリーズ》 で 千反田える に心を奪われた人の中で、

『春期限定』 で 小佐内さん にも心を動かされた人、少なくないのでは?

小説好きな男の子が憧れを抱くには充分過ぎるほど計算された作りです!


絶滅しかけている彼女たちのような女性を、魅力的に描き出す米澤さんは、

絶滅危惧種を育てる名手なのかもしれない。

しっかし、現実の女子高生ときたら、それはそれは・・・なんというかその、

女性に対する理想を打ち砕いてくれるありがたい存在です。

元気を分けてくれることは、本当にありがたいことです。




《読後感想文》


主人公である 小鳩君と小佐内さん は小市民になることを夢見る2人なので、

2人の周りに集まる事件は自然と 《日常の謎》 が多くなります。


《日常の謎》 といえば、真っ先に思いつくのが北村薫さんの 《円紫さんと私シリーズ》 です。

しかし、米澤穂信さんと北村薫さんの描く 《日常の謎》 は全く異なるもので、

それぞれに違った魅力があり、楽しめるかと思います。


例えば、本作中の "おいしいココアの入れ方" は米澤さんでないと描くことはできません。

軽い語り、不可解だけど平凡な謎、キャラクターの魅力、そして納得の解決。

計算されている上に、作家さんまで愉しんで書いているような印象を受けました。


一方、北村薫さんの 『空飛ぶ馬』 に収められている "砂糖合戦"。

これは北村薫さんの腕を以ってしか世に出ることは無かった事件だと思います。

一件謎とも思えぬ日常風景、そこに潜む謎、そしてその底には必ず心の動きがある。

まとめるには複雑なプロットを、そう思わせないテクニックにより日常風景の中に溶け込ませる技!


同じ 《日常の謎》 でも全く異なる2人の作家さんのミステリ。

共通点は、読み終えた後に残る、ある種の爽快さでしょうか?


日常の謎、高校生活に対する思い、100%解決でなくとも楽しめる方、甘党

文句なしで買いかと思われます。

ついでに 『夏期限定トロピカルパフェ』 と、お気に入りのケーキでも買って読みましょうぞ。


米澤 穂信
夏期限定トロピカルパフェ事件