泡坂妻夫 『亜愛一郎の転倒』 | Pの食卓

泡坂妻夫 『亜愛一郎の転倒』

小説の人物が実在するとして、僕には憧れてしまう人物がいる。

それは、亜愛一郎。

あまりにも理想的過ぎて、まねするのもおこがましいくらいですが、本当にあこがれます。


雲を眺めるのが好きで、いつも自分の中の世界に浸っており、

周りの評価に左右されない、けれど、自然に対する礼儀として身だしなみは整える。

自分の中で世界が完結している・・・ 僕にはそう感じられます。


そして何よりも、ドジであることが美点の一つになっているところ!


僕も平生ドジな方で、今日も校門のロックの開錠の仕方がわからず、悪戦苦闘し、

挙句の果てに乗り越えるという荒業をしたところ、ばっちりと防犯カメラに映っており、

先に来ていた先生方にウォッチされてきたばかりですが、

何だか亜愛一郎を見ていると、希望がわいてくるのであります。


さて、今日紹介いたしますは 泡坂妻夫さんの 『亜愛一郎の転倒』 です。

《亜愛一郎シリーズ》 の第二弾であります!


泡坂 妻夫
亜愛一郎の転倒

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完璧な写実性で注目された画家の絵の中に見出される数々の不思議――手の指が六本ある少女、針の間違っている時計、開けられないドアなどは何を意味するのか? さらに一夜にして忽然と消失した合掌造りの家、タクシーの後部座席に突然出現した死体……等々、ちょっとした不合理から思いもかけぬ結論を導き出す亜愛一郎。快調の第二弾。

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先に島田荘司さんの 『占星術殺人事件』 を読んでいたのですが、

通勤や休憩時間に読んでいたこちらの小説を先に読み終えてしまいました。

例によって連作短編集なので、区切りをつけて読みやすいです。


泡坂さんの作品に多く見られるものとして、美との出会いがあるように思えます。

その美はただただ人物の美しさの描写にあるわけではなく、

絵や美術品、はては流れる川など自然物にいたるまで、

泡坂さんの小説を読んでいると一瞬の美に出会う瞬間があります


泡坂さんの美と言えば、『奇術探偵曾我佳城全集』 に収められている "空中朝顔" や、

『煙の殺意』 に収められている 『椛山訪雪図』 など、

鮮烈な視覚的な美と、それと密に関係したプロットの関係性が美しいわけですが、

《亜愛一郎シリーズ》 で見ることのできる美には日常的な美しさがあります


デパートの壁に埋まっていたアンモナイトの化石。

半石の奥に咲くオオタケタテクサの花。

スーツのすそをまくり、川の中に入る冷涼感。

作中にキラリと光る、日常の中の非日常的な美しさがあります。


そんな亜愛一郎の世界に不思議な懐かしさと居心地の良さを感じてしまいます。

というわけで読後感想文



《読後感想文》


  藁の猫

    章題からグッとくる話なわけですが、これを先頭に持ってきた泡坂さん、素晴らしい!

    とあるデパートで行われた展覧会、そこである犯罪を亜愛一郎が解決するのですが、

    その運び方が素晴らしい! 亜愛一郎っぽさが良く出た話でした。

    この話で一気に亜愛一郎の世界に引きずり込まれること間違いなしです。 まさにアニュトーリ。


  砂峨家の消失

    何となくポウの 『アッシャー家の崩壊』 を思わせる題名。内容は違いますが。

    相変わらず亜愛一郎の世界が展開されているのですが、

    本格的な雰囲気をかもし出す探偵小説風な話となっています。


  珠州子の装い

    この話の魅力は、なんと言っても会話にあると思いました。

    謎自体は前2編の探偵味あるものとは異なり、現実にありそうな謎なわけですが、

    最後の最後でくるりと変わる世界がカラクリめいていておもしろかった!


  意外な遺骸

    章題から想像がつくとおり、諧謔味ある話だったように思えます。

    もちろん事件性を考えるとそんなことも言ってはいられませんが、

    作品全体の雰囲気は遊び心溢れる作りだったと思います。

    あれ?何か引っかかってた!と思わず驚いてしまいました。


  ねじれた帽子

    これも秀逸な章題。クリスティの 『ねじれた家』 など "ねじ" の音が好きなのかも。

    泡坂さんの短編は章題にして全てを語っている場合が多いと思うのですが、

    この作品も章題と全体の内容が完全に結びつきました

    短編の醍醐味を味わえたような幸せな気分に浸りました。


  争う四巨頭

    好きです。もしかしたらこの小説で一番か二番に好きだったかもしれません。

    この話は 『亜愛一郎の狼狽』 に出てきたある人物が再登場しているのですが、

    その変わりように、それでいて変わっていない様に、泡坂さんの良さを見出しました。

    また謎も謎めいており、亜愛一郎の特性も充分に発揮されておりました


  三郎町路上

    探偵味、探偵味溢れる良作! しかし亜愛一郎と共に謎を追いかける響子博士。

    何故か 『乱れからくり』 の女流探偵・宇内舞子を思い出しました。

    2人の歯車のかみ合わなさや、響子博士の邪気の無さが思わぬ好印象!

    謎の方も探偵の介入を許す不可解な始まりなのでおもしろかった!


  病人に刃物

    これも中々おもしろかったと思いますが、巻末の話としてはパンチ力不足かもしれません。

    渋めなトリックが好きな方は絶対おもしろいと感じるかと思います。

    しかし泡坂さん、どうしてそんなに花をきれいに描けるのだろう?



こんな感じで、前作の好印象も変わらず、とても好きな大切な一冊になりました!


しかし、しかし! これからお読みになられる方は気をつけてください。

《亜愛一郎シリーズ》を心の底から最後まで楽しむつもりがあるのなら、

解説を絶対に読んではいけません! シリーズ最大の謎がネタバレされています!


それも解説者の独断により、「魅力が損なわれないと思うので明かしてしまうが」、と

まるで、誕生日ケーキのろうそくを横から吹き消すような悪逆非道ぶり!

ろうそくを誰が消してもケーキはおいしいだろ?と言っているようにしか思えない!

初めて解説者に怒りを覚えました。 田中芳樹さんの作品は今日を境に購入しません。


最後の最後でケチがついてしまいましたが、解説を読まない限り最高の一冊の一つです。

このブログを眺めてくださった皆さん、《亜愛一郎シリーズ》制覇してみてください!


追記(2006.5th Jan.):

  第2版の 『亜愛一郎の転倒』 では、巻末の田中氏の発言が削除されている模様。

  初版で集めようとしたことが裏目に出ました。

  ので、これから購入される方、安心してお読みください。


追追記:

  Bの情報によると泡坂さんは体調を崩されているそうです。

  いちにちも早く具合がよくなること、祈ります。