とてもつらいのだけれど、とても正しい。 | 司法浪人医師の別荘

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自分オリジナルの「使命」を、いい歳こいて!?真剣に探し始めた一人の変わり者の日常を綴る…ための別荘。

そうならなければ、どこかにごまかしがあるのではないかとさえ思えます。

そう、何時だって正論は疎んじられるものだからです。孤立を伴わない正義など二級品です。

孤立、それが人間にとって逃れようのない根源的恐怖の対象であるからこそ、正義への挑戦はかくも桁外れに尊く、かつ困難で、あまりにもしばしば小馬鹿にされるのでしょう。

大脳旧皮質に刻みこまれた、恐怖。もちろん相手にとって不足はありません。そいつを相手に逃げない自分がいさえすれば、それはそれで十分におつりがくる人生ではあります。

ですから、胸を張って生きていけば良いのでしょう。

理屈の上ではそうなります。ただし、胸を張るには抗重力筋等に一定の筋力が必要です、当たり前ですけど。筋力すなわち力です。

力は正義を追い求めても手に入るとは限りません。と、いうより手に入れる事が困難になっていきます。気が付いたら、その力を失っていた。そんな事例は良く目にします。

だから、くじけるのですね。責めることなど誰に出来ましょうか…。

しかし、それ故に悪が高笑いを貪り続けるのだとしたら、くじけるなどという甘えをあなたはあなた自身に許せただろうか。

正しいからこそ、つらいのだ。決して忘れないでほしい。

友よ。

そして何より、私よ。


決して逃げない。

それで、十分だ。あとは何もいらない。

それでは、また!