休憩にも効用はある。 | 司法浪人医師の別荘

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自分オリジナルの「使命」を、いい歳こいて!?真剣に探し始めた一人の変わり者の日常を綴る…ための別荘。

昨夜から本日の前半にかけて、半日程実質的な勉強はしない時間が続きます。

でもそれは、半日かけて残りの14.5日に発揮するエネルギーの事前濃縮作業という側面を有します。

ともすると、「やる気が起きない」という否定的側面のみに目を奪われがちです、そして、その側面の意味しか有しない場合もあることは、事実でありましょう。

しかしながら、必要に応じて現れる「やる気が起きない」状態だってあるのです。

両者の区別基準は?

それは、その状態の前後において、どれだけ自分が、自分の目の前の課題を相手に真剣にもがき、苦しみ、格闘しているかということ。それさえ認められれば、後者に該当するものと解します。


スピリチュアルな観点からすれば、順風満帆、望むものはすぐに手に入る人生というものは、初心者レベルの魂に用意された設定ということです。

ですから、うらやましがったり、それを欲する事は少し筋が違うということになります。

大学生が小学生の教科書を見て、「楽でいいなあー」と、真剣に思ったり、「これで許される身分になりたいなあー」と、真剣に願う事がナンセンスであることに似ています。

魂のレベルで考察すれば、この世には1年目の新人から、この道60年といったレベルのばらつきが、肉体の年齢とは無関係に存在しているのです。

初心者には困難な道、すなわち人生の課題、目的をこなす実力がありませんから、比較的平易な展開、目標が設定されているに過ぎません。

言い換えれば、困難な目標に向かっていく気が、そもそも起きないように設定されてもいるということ。

大富豪の家系に生まれたり、生涯を通じてさしたる挫折を経験しない、とか、望むものを次々に手に入れる、などという人生の展開が示す本質も、そこにあります。


前置きが長くなりました。

今日の私に必要があってもたらされた「事前濃縮期間」は半日でした。妥当な形態ですよね、本試験の期日との関係で。

でも、エネルギーを濃縮して取り組むべき対象・課題の内容、性質に応じてその必要とされる「事前濃縮期間」の長さは異なって当然です。

それが数年間続くことも、特に珍しくはありません。

誇り高くあれ、友よ。

それでは、また!