今日は一日医師としての仕事をする日でした。
ま、仕事ですから当然そこそこ疲れるわけですが、この仕事も多数の人と関わりながら進めていくものでありますから、それぞれの日の疲れ具合は、どのような人々と相対したか、によって大きく異なる結果となります。
ご想像に難くないとは思いますが、初対面の時点で許し難いほど横柄な人もいますし、また、人間同士ですからどうしても付き合いたくないタイプの人にも遭遇します。確実に、一定の確率をもって。
医業というものは、医師法の拘束により、契約自由の原則が大幅に制限されており、「正当な事由」なき限り診療拒否ができないことになっております。
立法者のイメージとしては、生命、身体の危機的状況を想定してかかる規定をおいたものと考えられますが、そのような場合の患者さんは普段いかに横柄な人柄であったとしても、通常問題行動を起こす余裕はなく(典型的には意識消失しているわけです)そこではかかる立法が医療者にとって苛酷であることを認識することは難しいのかもしれません。
しかしながら、そのように重篤な患者さんに対して診療行為を行う場合というのは、さほど頻度は高くないわけで、(3次救急施設等は別として)現状において、この規定には問題点の方が大きくなっているんではないかと感じることが、最近特に多くなってきました。
すなわち…日常診療の大半を占める、「ちょっとした具合の悪さ」という疾患の程度なり、段階においては、前述のような重篤な段階とは異なり、横柄な人間は横柄な、そしてモンスターはモンスターとしての問題人格をほぼ100%の達成度で発揮するわけですから、医療者側としては未だ問題発生していない段階ではあるが、問題発生の高度の蓋然性を察知した時点での速やかな関係解消こそが望ましいことは明白であるにも拘わらず、そして、日本国民であればそれは原則として誰にでも認められる権利であるにも拘わらず、法的にその自由を一律に近い形で規制しているわけです…。
それでも、50年前、100年前のように、そのような危険があっても医師であれば高額の収入が保証されていたのであれば、まだかろうじて均衡がとれていると言える余地はありますが、現在の医師の収入なんぞ…
さすがに最近はもうみなさん御存知ですよね…。
なんだか、横柄にふるまわなきゃ損だとでも思っているような人が増えてきているよな気もしています。
確かに、図々しく、横柄に、わがまま言い放題、よこせよこせと主張し続けた方が、この世で得られるものは多くなるんでしょうね、おそらく。
そうしなきゃ損だ、そうしない奴は馬鹿だ、という考え方そのものが成立しうることもわかりますし。
くたびれますね、なんだか。
もっとも、患者さんだけに限りません…。
半端な医師も多いのです。
一生懸命に培った知識なり、技能なりを持っていても、更には明らかに相手より自分のほうがそれらについて優れていたとしても、それについて発揮することを求められるまでは自ら講釈し始めたりすることをも慎むべき、と私は思うのです。
そして、できるだけ実践しているつもりです。
おとなしくしてりゃいいはずなんです、普段は。必要になったら黙ってその手技を発揮するだけでいいはずなんです。
こんなに自分はすごいんだぞと、ひけらかし大会(学会なんて名がついてますが)する必要もないはずで、学術的発展のために必要であり、かつ有意義に機能している学会なんて現状の100分の1の数くらいで足りると思います。
何かにつけては文句の種を探して、文句を言うことで己の優位性を示してみたり、支配欲を満たすためだけの院長職であったり、幼稚な人格の持ち主が多いのもこれまた悲しい現実なんですよ…。
おとなしくしてるんだから、せめてそっとしておいてほしいです、私は!
以上!もうばかばかしくなってきたからやめます!!愚痴は!!!