朝のTV番組で今年のプロ野球について、金本、下柳、そして御大 工藤公康投手ら、40歳越えの選手たちの活躍が目立つことを放送していました。
確かに、30歳を過ぎると「選手としては、そろそろ寿命が近づいて…」と、されることに何の疑問もわいてこなかった状況は、ほんのつい最近まで続いており、実際に選手たちは殆どその通りに現役として通用する能力を失っていったのですから、改めて言われると「何が変わったのだろう?」と考えさせられます。
子供のころに、「人類は体の構造上、理論的に100メートル10秒は切れないんだよ。」と、まことしやかな顔をして大人たちが皆で受け売りの知識を披露していたことを思い出しました。
確か、競走馬のタイムについて、似たような事を言う識者然とした人々の記憶もあります。
誰か一人が覆すと、他の選手も今までのまことしやかな「限界」を続々と、かつ平然と破っていったりします。
野球界でも、最初に一人で40歳現役を果たした村田兆治投手は、最後まで「特別な化け物」扱いでした。
自分にはそれが「できる」と思おうが「できない」と思おうが、いずれにしろ自分が正しいのである、ということになりましょうか。
常識として定着している概念が、そのオリジンを探っていくと、実はある特定の少数者(一人であることも珍しくない)の、想像上の産物に過ぎないことも、ままあります。
レッテリングと後光効果で通用力を得た、本来的には一見解に過ぎないそれらの意見が、無反省に「権威らしきもの」を受け入れる姿勢が身に染みついた大衆に受け止められると、集団催眠を簡単に全国的規模で引き起こすということなのでしょう。
そして、その通りの限界の存在を自らの思い込みによって実証していき、「ああ、やっぱりそうなんだ!」との確認を重ねていくのだと思います。
マスメディアが意見を述べることには、不可避的な危険が存在するということです。
事実の報道と意見表明をきっちりと、誰が見ても、子供が見てもわかるほどに区別して放送する必要があるかもしれません。
朝から妙な方向に流れてしまいました…。
虚心坦懐
とても大事なことです、現在はまして。明示的に認識しながら生活しないと、危険ですらあります。
さて、今日も自己の心理的抑制を拒絶し、淡々と頑張ることにします。
それでは、また!