【はじまりのはなし1】
7月はじめの朝。今日もいつも通り、僕が会社へ向かおうと玄関口で靴を履いている時、ようちんが帰ってきた。
相変わらずすんげえ盛ってる。おまけに酔って る。目のまわりが真っ黒になっちゃってて、今日はご機嫌ななめ。
僕の「本日の占 い」はようちんがどうやって帰ってくるかに左右されてる気がする。「目覚ましニュース」の今日の占いよりも、この瞬間僕はぎゅと身構える。
そう、 ようちんはいつも午前様で、僕の出社時間が帰宅時間だ。僕はドキドキしながら声をかける。
「お、おはよう」
「あーっ?ああーん?誰だっけお客さん?」
からむなー。やっぱりご機嫌ななめ。今日の占いはしし座10位くらいかな?
「僕だよ僕。何だけ、そうフレッシュ!」
「フレッシュ?はぁ~ふざけてんの?外人かよ!ここは、あ、・た・し・ん・家ですけど。」
「いや、あの~その、間違いなく僕の名義で借りている家なんですけどすいません」
ようちん、今日は特に飲んでるみたい。白いドレスの右肩が半分ずり落ちていて、すそのほうはもう泥だらけ。コウちゃんクリーニング行ってくれるかなぁ。ダメならまた僕が持っていかないといけない。クリーニング屋のおじさんが、いっつも僕がこんなドレスを持ってくると「お兄さん、やるね~」と言われる。変な想像しないでくれ~。
「うるせぇうるせぇ」ようちんは髪をかきむしる。おっ、いつもより早く酔いがさめてきたみた いだ。ようちんは酔い覚ましに髪をかく。盛り盛りだからただ痒いだけかもしれないけど、バッサーと髪が落ちてくると、だいたい素に戻ってくる。僕はこのタイミングを逃すまいと、急いで靴のままお水を持ってくる。
「水のんだら?これ、コウちゃんが取り寄せてた東京の美味しい水だよ」
「へ?東京に住んでるのに、何で東京の美味しい水やねん!」
隣のお宅が起きちゃうくらい大声でガハガハ笑うと、ようちんはハッと我にかえった。スイッチがようやく切り替わる。
「あ、私ったら。もう。迎えに来てくれたんですか~!優しい!今からお仕事ですか?お気をつけていってらっしゃい」
いっつもこうだったら、どんなにいいだろう?ようちん、お酒やめちゃえ ばいいのにな。ついでに仕事も。
「いってきます!ようちん、お休みなさい。ゆっくり休んでね」
会社へ向かいながら、僕はようちんとの出会いをふりかえる。
ようちんと平日顔を合わせるのは朝だけだ。上野のガールズバーなるとこ ろで働いているらしい。26才。僕の2つ年下だ。「そろそろ女の花盛 りも過ぎたわね。」が、口ぐせ。そんなことはない。ようちんはとんでもなくかわいい。元モデルで大学時代は「キャンパスナイト」という素人のモデルグループみたいなのに所属していて、リーダー的存在だった。キャバクラで働いていた当時も、やっぱりNo.1だったと思う。
サラリーマンになって、最初のとし。はじめてのキャバクラで僕らは出会った。
先輩に無理 矢理連れられて、もう終電も過ぎてるし、社会人としての礼儀と申しますか、仕方なしで鼻のしたを伸ばして御一緒させていただきました。女の子がメリーゴーランドみたいにぐるぐる回ってきて、僕の頭もぐるぐるまわっていたんだけど、一発で酔いはさめることに。びっくらこいて、ションべんもらしちゃうくらいでかい音がハリボテの店に響きわたり、となりの席で先輩がビショビショでした。頭から血と、焼酎をたらした先輩は茫然。顎関節症になりそうなくらい、僕もあんぐり口をぱくぱくさせていると、女の子が僕の手を握り、ありえないくらいの笑顔で、「行くで」とひとこと。
僕はその時、はじめて女の子の手は冷たいんだなって思ったりしたけど、 そんなことはつゆ知らず女の子は僕の手をひき、店を飛び出した。近くのコンビニまで走って、僕はなんだか、スーツの前の方が窮屈なってしまって、足を止めた。女の子は諦めたようにふぅーと息を吐き、僕の手を離した。
「こんなに走らされたのは、小学校の100メートル走以来だよ」
はぁはぁ言いながら、実は違う意味でもハァハァしながら僕はそのコンビニの明かりに照らされて光り輝く、しかしながらまっ白なドレスを身にまとった女の子に話しかけてみた。
振り返った彼女は、一瞬化け物みたいだった。すんげぇ目のまわりが真っ黒い。
帰ろう、僕は危険を察知した。あまりにも危険だ。
そう思った時、彼女の肩が振えているのに気がついた。彼女は泣いてた。 黒い真珠が目からこぼれてるみたいだった。
「だって、だって。あの人、君の悪愚痴言ってたんだもん。付き合い悪い し、何考えてるかわかんないって。だからなんだも ん。」
僕は思わぬ展開に、どうしたらいいかもわからず、とにかくコンビにでミネラルウオーターを買い、彼女に渡した。
「優しいね、君。」
それからしばらく、彼女は僕の買ってきたミネラルウオーターを飲んでいた。その飲み方が、とってもエロくて、僕はへんな想像ばっかりしながら、横目でそれを見ていた。
「私、洋って源氏名。」
「よう?」
「そう、いっつも酔ってるから洋。」
「洋さん。」
「ええっ、さんづけとかいいよ~そんな偉くないし。ようちゃんとか、ようちんとかそんなんでいいよ」
「じゃ、ようちん。」
「君は、、、、何てお名前?」
女の子とこんな風に話をするのははじめてだ。僕は手から汗がナイアガラの滝みたいに噴出していて、額のニキビがはじけそうなくらい顔面がこわばって、何て返したらいいかもわからなくなったいた。
「フレッシュです」
何でか、あの先輩にいつもフレッシュと呼ばれていて、もちろん社会人1年目ってことだと思うんだけど、とにかく思わず僕はそう答えてしまった。
「何、ガイジン?チャイナ?違うか~。でも、フレッシュ面白い!」
ミネラルウオーターはすっかり空で、僕はもうようちんが水を飲むのも見れないのかと残念に思っていると、彼女は僕の手をまた握った。
「もう一回走ろう!フレッシュの家でのもう!決まりっ!」
ついに僕は、あのいまいましい不動産営業レディに「将来は同棲なんかも視野に入れて…」と無理やり契約させられた2DKのマンションに女の子を連れ込むことになった。
血酒まみれの先輩が気がかりでしたが、僕の悪口を言ったからだと割り切って、僕はついに「漢」になるため、家へと、パラダイス家へとようちんと手をつなぎ走りだした。